「立ち止まる」(たちどまる)が出てくる聖書の箇所
「立ち止まる」(たちどまる)は口語訳の15か所(旧約10・新約5)に出てきます。「立ちどまる」「立ち止まれる」も含みます。日常訳第1版では22か所。
創世記(1か所)
創世記19:17 彼らを外に連れ出した時そのひとりは言った、「のがれて、自分の命を救いなさい。うしろをふりかえって見てはならない。低地にはどこにも立ち止まってはならない。山にのがれなさい。そうしなければ、あなたは滅びます」。
サムエル記下(1か所)
サムエル第二20:12 アマサは血に染んで大路の中にころがっていたので、そのそばに来る者はみな彼を見て立ちどまった。この人は民がみな立ちどまるのを見て、アマサを大路から畑に移し、衣服をその上にかけた。
ネヘミヤ記(1か所)
ネヘミヤ記12:39 エフライムの門の上を通り、古い門を過ぎ、魚の門およびハナネルの望楼とハンメアの望楼を過ぎて、羊の門に至り、近衛の門に立ち止まった。
ヨブ記(2か所)
ヨブ記4:16 そのものは立ちどまったが、わたしはその姿を見わけることができなかった。一つのかたちが、わたしの目の前にあった。わたしは静かな声を聞いた、
ヨブ記39:24 これはたけりつ、狂いつ、地をひとのみにし、ラッパの音が鳴り渡っても、立ちどまることがない。
エレミヤ書(1か所)
エレミヤ書48:45 逃げた者はヘシボンの陰に、力なく立ちどまる。ヘシボンから火が出、シホンの家から炎が出て、モアブの額、騒ぐ人々の頭の頂を焼いたからだ。
エゼキエル書(2か所)
エゼキエル書10:17 その立ちどまる時は、輪も立ちどまり、そののぼる時は、輪も共にのぼる。生きものの霊がその中にあるからである。
エゼキエル書11:23 主の栄光が町の中からのぼって、町の東にある山の上に立ちどまった。
ナホム書(1か所)
ナホム書2:8 ニネベは池のようであったが、その水は注ぎ出された。「立ち止まれ、立ち止まれ」と呼んでも、ふりかえるものもない。
ハバクク書(1か所)
ハバクク書3:11 飛び行くあなたの矢の光のために、電光のようにきらめく、あなたのやりのために、日も月もそのすみかに立ち止まった。
マタイによる福音書(1か所)
マタイ20:32 イエスは立ちどまり、彼らを呼んで言われた、「わたしに何をしてほしいのか」。
マルコによる福音書(1か所)
マルコ10:49 イエスは立ちどまって「彼を呼べ」と命じられた。そこで、人々はその盲人を呼んで言った、「喜べ、立て、おまえを呼んでおられる」。
ルカによる福音書(3か所)
ルカ7:14 そして近寄って棺に手をかけられると、かついでいる者たちが立ち止まったので、「若者よ、さあ、起きなさい」と言われた。
ルカ18:40 そこでイエスは立ちどまって、その者を連れて来るように、とお命じになった。彼が近づいたとき、
ルカ24:17 イエスは彼らに言われた、「歩きながら互に語り合っているその話は、なんのことなのか」。彼らは悲しそうな顔をして立ちどまった。