「沿う」(そう)が出てくる聖書の箇所

「沿う」(そう)は日常訳第1版の36か所(旧約23・新約13)に出てきます。「添う」も含みます。口語訳では49か所。

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出エジプト記(1か所)

出エジプト28:21 宝石ほうせきは十じゅう二に個こ。イスラエルの息子むすこたちの名なにそって、一ひとつずつ並ならべる。印章いんしょうを彫ほるように、十じゅう二にの部族ぶぞくそれぞれの名なを、一ひとつの石いしに一ひとつずつ刻きざむ。

民数記(2か所)

民数記21:15 そして谷たにの斜面しゃめん。それはアルの町まちのほうへと下おり、モアブの国境こっきょうに沿そっている。」

民数記34:3 あなたたちの南側みなみがわは、ツィンの荒あれ野のからエドムに沿そって広ひろがる。南みなみの境界きょうかい線せんは、東ひがしは塩しおの海うみの端はしから始はじまる。

列王紀上(2か所)

列王紀上6:5 さらに神殿しんでんの壁かべに沿そって、その周まわりに何なん階かいもの脇部屋わきべやを建たてた。広間ひろまも奥おくの間あいだも含ふくめて、神殿しんでんの壁かべをぐるりと囲かこむように脇わきの部屋へやを造つくったのだ。

列王紀上6:10 神殿しんでん全体ぜんたいに沿そって脇部屋わきべやを建たてた。その高たかさは五ごキュビトで、杉すぎの木材もくざいで神殿しんでんにつなぎ留とめた。

歴代志上(1か所)

歴代志上7:29 マナセの子孫しそんの領地りょうちに沿そっては、ベテシャンとその周まわりの村々むらむら、タアナクとその周まわりの村々むらむら、メギドとその周まわりの村々むらむら、ドルとその周まわりの村々むらむらがあった。ここに、イスラエルの子こヨセフの子孫しそんが住すんだ。

歴代志下(1か所)

歴代志下23:10 そして民たみをみな、それぞれ武器ぶきを手てに持もたせて、神殿しんでんの右側みぎがわから左側ひだりがわまで、祭壇さいだんと神殿しんでんに沿そって、王おうを囲かこむように配置はいちした。

箴言(1か所)

箴言22:6 子こどもを、進すすむべき道みちに沿そって育そだてなさい。そうすれば年としをとっても、その道みちから外はずれることはない。

エゼキエル書(15か所)

エゼキエル書40:18 その石畳いしだたみは門もんの脇わきにあり、門もんの長ながさに沿そっていた。これは下したの石畳いしだたみだった。

エゼキエル書42:7 外側そとがわには、部屋へやに沿そって一ひとつの塀へいがあった。外庭そとにわの側がわで、部屋へやの前まえに立たっており、その長ながさは五十ごじゅうキュビトだった。

エゼキエル書42:12 南側みなみがわの部屋へやの入口いりぐちも同おなじだった。通路つうろの先さきに一ひとつの入口いりぐちがあり、それは東ひがしを向むいた塀へいに沿そって続つづく道みちの入口いりぐちで、そこから人ひとが入はいるようになっていた。

エゼキエル書47:17 境界きょうかいは海うみからハツァル・エノンまで延のび、ダマスコの境界きょうかいに沿そい、その北きたにはハマトの領域りょういきがある。これが北側きたがわだ。

エゼキエル書47:18 東側ひがしがわは、ハウランとダマスコの間あいだ、そしてギルアデとイスラエルの地ちの間あいだを流ながれるヨルダン川かわに沿そって、その境界きょうかいから東ひがしの海うみまで測はかる。これが東側ひがしがわだ。

エゼキエル書47:19 南側みなみがわは、南みなみに向むかって、タマルからメリバト・カデシュの水みずにまで至いたり、そこから川かわに沿そって大海たいかいに注そそぐ。これが南側みなみがわ、ネゲブの方ほうだ。

エゼキエル書48:1 これが、各かく部族ぶぞくの名前なまえだ。北きたの端はしから始はじまる。ヘトロンへの道みちに沿そってレボ・ハマトに向むかい、ハツァル・エナンに至いたる。ダマスコの境さかいの北側きたがわで、ハマトのわきを通とおる。この地ちは東ひがしの端はしから西にしの端はしまで、ダンのもの。一いち区画くかくだ。

エゼキエル書48:15 二に万まん五千ごせんキュビトの長ながさに沿そって残のこる幅はば五千ごせんキュビトの土地とちは、聖せいなるものではなく、町まちのために使つかう。人ひとが住すむ場所ばしょや、まわりの空あき地ちにする。町まちはその真まん中なかに置おく。

エゼキエル書48:18 聖せいなる区画くかくに沿そって残のこる土地とちは、長ながさが東ひがしへ一いち万まんキュビト、西にしへ一いち万まんキュビトだ。これは聖せいなる区画くかくに沿そっていて、そこで取とれる作物さくもつは、町まちで働はたらく人ひとたちの食たべ物ものになる。

エゼキエル書48:21 聖せいなる区画くかくと町まちの所有しょゆう地ちの両側りょうがわに残のこる土地とちは、君主くんしゅのものになる。それは、聖せいなる区画くかくの二に万まん五千ごせんキュビトの端はしから東ひがしの境さかいまで、また西側にしがわでは二に万まん五千ごせんキュビトの端はしから西にしの境さかいまでで、ほかの部族ぶぞくの割わり当あて地ちに沿そっている。これが君主くんしゅのものだ。聖せいなる区画くかくと神殿しんでんの聖せい所しょは、その真まん中なかにある。

エゼキエル書48:24 ベニヤミンの境さかいに沿そって、東ひがしの端はしから西にしの端はしまで、シメオンに一ひとつの割わり当あて地ち。

エゼキエル書48:25 シメオンの境さかいに沿そって、東ひがしの端はしから西にしの端はしまで、イッサカルに一ひとつの割わり当あて地ち。

エゼキエル書48:26 イッサカルの境さかいに沿そって、東ひがしの端はしから西にしの端はしまで、ゼブルンに一ひとつの割わり当あて地ち。

エゼキエル書48:27 ゼブルンの境さかいに沿そって、東ひがしの端はしから西にしの端はしまで、ガドに一ひとつの割わり当あて地ち。

エゼキエル書48:28 ガドの境さかいに沿そって、南側みなみがわ、つまり南みなみの端はしに向むかう。その境さかいはタマルから始はじまり、メリバト・カデシュの水みずを通とおり、川かわに沿そって大海たいかい、つまり地中ちちゅう海かいまで達たっする。

ローマ人への手紙(2か所)

ローマ8:27 心こころを探さぐる方かたは、御ご霊れいが何なんを思おもっているのかを知しっている。御ご霊れいは、神かみの御み心こころにそって、神かみの民たみのためにとりなしてくれるからだ。

ローマ8:28 神かみを愛あいする人ひとたち、つまり神かみの計画けいかくにそって招まねかれた人ひとたちのためには、すべてのことが協力きょうりょくして良よい方向ほうこうに働はたらく。わたしたちはそのことを知しっている。

コリント人への第二の手紙(5か所)

コリント第二7:9 でも今いまは喜よろこんでいる。あなたがたが悲かなしんだからではなく、その悲かなしみがあなたがたを心こころの向むき直なおりへと導みちびいたからだ。あなたがたは神かみのみこころにそって悲かなしんだのであり、わたしたちのせいで何なんかを失ううしなうことはなかった。

コリント第二7:10 神かみのみこころにそった悲かなしみは、後悔こうかいすることのない心こころの向むき直なおりを生うみ、救すくいへと導みちびく。しかし、この世よの悲かなしみは死しをもたらすだけだ。

コリント第二7:11 見みてほしい。神かみのみこころにそって悲かなしんだことが、あなたがたのうちにどれほどの真剣しんけんさを生うみ出だしたことか。それだけでなく、弁明べんめいし、憤いきどおり、恐おそれ、会あいたいと願ねがい、熱心ねっしんになり、正ただしさを求もとめる心こころまで生うみ出だした。あなたがたはあらゆる点てんで、この件けんについて自分じぶんたちが潔白けっぱくであることを示ししめしたのだ。

コリント第二8:5 しかもそれは、わたしたちの期待きたいをはるかに超こえていた。彼かれらは神かみのみこころにそって、まず自分じぶん自身じしんを主しゅにささげ、そしてわたしたちにもささげてくれたのだ。

コリント第二10:13 でも、わたしたちは限度げんどを超こえて自慢じまんしたりはしない。神かみがわたしたちに割わり当あててくださった範囲はんい、その基準きじゅんにそって語かたるだけだ。そしてその範囲はんいは、あなたがたのところにまで届とどいている。

エペソ人への手紙(2か所)

エペソ1:11 このキリストにあって、わたしたちは神かみのものとして選えらばれ、受うけ継つぐ者ものとされた。すべてをご自分じぶんの望のぞみのままに導みちびかれる神かみが、その計画けいかくにそって、前まえもってそう定さだめておられたのだ。

エペソ3:11 これは、神かみがわたしたちの主しゅキリスト・イエスにあって成なし遂とげられた、永遠えいえんの計画けいかくにそったものだ。

ピリピ人への手紙(1か所)

ピリピ3:16 ただ、わたしたちがここまでたどり着ついた、その同おなじ道みちに沿そって進すすんで行いこう。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一4:2 こうしてこれからは、残のこりの人生じんせいを人間にんげんの欲望よくぼうのままにではなく、神かみの望のぞみにそって生いきるのだ。

ヨハネの第一の手紙(1か所)

ヨハネ第一5:14 そして、わたしたちが神かみに対たいして持もっている確信かくしんとはこうだ。何なんであれ、神かみの望のぞみにそって願ねがうなら、神かみは聞きいてくださる。

ヨハネの第三の手紙(1か所)

ヨハネ第三1:3 何なん人にんかの兄弟きょうだい姉妹しまいがやって来きて、あなたが真理しんりに生いきていること、真理しんりに沿そって歩あゆんでいることを証あかししてくれた。それを聞きいて、わたしはとても喜よろこんだ。

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