「復活」(ふっかつ)が出てくる聖書の箇所

「復活」(ふっかつ)は日常訳第1版の48か所(旧約0・新約48)に出てきます。口語訳では36か所。

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マタイによる福音書(7か所)

マタイ20:19 彼かれをあざける者もの、むち打うつ者もの、十字じゅうじ架かにつける者ものたちに引ひき渡わたすのだ。異邦いほう人にんたちの手てに。でも三みっ日か目めに、彼かれは復活ふっかつする」

マタイ22:23 その日ひ、復活ふっかつなどないと主張しゅちょうしていたサドカイ派はの人ひとたちがイエスのところに来きて、こう質問しつもんした。

マタイ22:28 では復活ふっかつのとき、彼女かのじょは七なな人にんのうちだれの妻つまになるのでしょうか。みんなが彼女かのじょを妻つまにしたのですから」

マタイ22:30 復活ふっかつのとき、人々ひとびとは結婚けっこんもしないし、結婚けっこんさせられることもない。天てんにいる神かみの使つかいのような存在そんざいになるのだ。

マタイ22:31 死者ししゃの復活ふっかつについては、神かみがあなたたちに語かたられた言葉ことばを、あなたたちは読よんだことがないのか。

マタイ26:32 でも、わたしは復活ふっかつしたあと、あなたたちより先さきにガリラヤへ行いく。」

マタイ28:7 急いいそいで行いって、弟子でしたちに『イエスは死者ししゃの中なかから復活ふっかつした。そして、あなたたちより先さきにガリラヤへ行いく。そこで会あえる』と伝つたえなさい。これだけは伝つたえておく」

マルコによる福音書(3か所)

マルコ12:18 さて、復活ふっかつなどないと言いっているサドカイ派はの人ひとたちが、イエスのところへ来きて尋たずねた。

マルコ12:23 復活ふっかつのとき、みんなが生いき返かえったら、彼女かのじょはだれの妻つまになるのでしょうか。七なな人にんともその女性じょせいを妻つまにしたのですから。」

マルコ14:28 でも、わたしは復活ふっかつしたあと、あなたたちより先さきにガリラヤへ行いく。」

ルカによる福音書(3か所)

ルカ14:14 そうすれば、あなたは幸いさいわいである。その人ひとたちはお返かえしができないからだ。正ただしい人ひとたちが復活ふっかつするとき、あなたは神かみから報むくいを受うけるのだ。」

ルカ20:27 それから、復活ふっかつなどないと主張しゅちょうするサドカイ派はの人ひとたちが何なん人にんか、イエスのところに来きて尋たずねた。

ルカ24:34 みんなは言いった。「主しゅは本当ほんとうに復活ふっかつされた。そしてシモンに現あらわれたんだ」

ヨハネによる福音書(1か所)

ヨハネ11:24 マルタは言いった。「終おわりの日ひの復活ふっかつのとき、兄あにが生いき返かえることはわかっています。」

使徒行伝(7か所)

使徒1:22 それは、ヨハネが洗礼せんれいを授さずけていたころから、イエスがわたしたちのもとから天てんに上あげられた日ひまでのことです。その一人ひとりが、わたしたちと一緒いっしょにイエスの復活ふっかつの証人しょうにんとなるのです。」

使徒2:31 ダビデはこの先さきを見通みとおして、キリストの復活ふっかつについて語かたったのです。『そのたましいは死者ししゃの世界せかいに見捨みすてられず、その体からだも朽くち果はてることはなかった』と。

使徒17:18 エピクロス派はやストア派はの哲学てつがく者しゃたちも何なん人にんか、パウロと議論ぎろんを始はじめた。ある者ものは「このおしゃべりは、いったい何なんを言いおうとしているのか」と言いいい、別べつの者ものは「どうやら、よその神々かみがみを宣伝せんでんしているらしい」と言いった。パウロがイエスと復活ふっかつのことを伝つたえていたからである。

使徒17:31 神かみは、この世界せかいを義ぎによってさばく日ひを決きめているからです。そのさばきを行おこなうのは、神かみが選えらんだ一人ひとりの人ひとです。神かみはその人ひとを死者ししゃの中なかから復活ふっかつさせることで、すべての人ひとにその証拠しょうこを示ししめしたのです。」

使徒17:32 死者ししゃの復活ふっかつのことを聞きくと、ある人ひとたちはあざ笑わらい、またある人ひとたちは「そのことについては、また聞きかせてもらおう」と言いった。

使徒23:6 パウロは、議会ぎかいの一方いっぽうがサドカイ派は、もう一方いっぽうがファリサイ派はだと気きづき、声こえを張はり上あげて言いった。「兄弟きょうだいのみなさん、わたしはファリサイ派はで、ファリサイ派はの家いえに生うまれた者ものです。わたしが裁さばかれているのは、死者ししゃの復活ふっかつという希望きぼうのためなのです。」

使徒23:8 サドカイ派はは、復活ふっかつも天使てんしも霊れいもないと言いいい、ファリサイ派ははそのどれもあると認みとめているからだ。

ローマ人への手紙(6か所)

ローマ1:4 死者ししゃの中なかからの復活ふっかつにより、聖せいなる霊れいにしたがって、力ちからある方かたとして神かみの子こと定さだめられた。それがわたしたちの主しゅイエス・キリストである。

ローマ4:25 わたしたちの罪つみのために死しに渡わたされ、わたしたちが正ただしい者ものとされるために復活ふっかつさせられたのだ。

ローマ6:4 だから、わたしたちはこの洗礼せんれいによって、キリストの死しにあずかり、キリストとともに葬ほうむられた。それは、キリストが父ちちの栄光えいこうによって死者ししゃの中なかから復活ふっかつしたように、わたしたちも新あたらしいいのちを生いきるためである。

ローマ6:5 もしわたしたちが、キリストと結むすびついてその死しと同おなじ姿すがたになったのなら、必かならず復活ふっかつとも同おなじ姿すがたになる。

ローマ6:9 キリストは死者ししゃの中なかから復活ふっかつした以上いじょう、もう二に度どと死しぬことはない。死しはもう、キリストを支配しはいできないのだ。

ローマ10:9 もしあなたが「イエスは主しゅだ」と口くちで告白こくはくし、神かみがイエスを死者ししゃの中なかから復活ふっかつさせたと心こころで信しんじるなら、あなたは救すくわれる。

コリント人への第一の手紙(8か所)

コリント第一6:14 その神かみは、主しゅを死しから復活ふっかつさせた。そして、その力ちからによって、わたしたちも復活ふっかつさせてくださる。

コリント第一15:12 ところで、キリストが死者ししゃの中なかからよみがえらされたと宣のべ伝つたえられているのに、あなたがたの中なかのある人ひとたちは、どうして「死者ししゃの復活ふっかつなどない」と言いうのか。

コリント第一15:13 もし死者ししゃの復活ふっかつがないのなら、キリストもよみがえらされなかったことになる。

コリント第一15:21 というのも、一人ひとりの人ひとによって死しが来きたように、一人ひとりの人ひとによって死者ししゃの復活ふっかつも来きたからだ。

コリント第一15:29 もしそうでないなら、死しんだ人ひとたちのためにバプテスマを受うける人ひとは、どうなるのだろう。死者ししゃがまったく復活ふっかつしないのなら、なぜその人ひとたちのためにバプテスマを受うけるのか。

コリント第一15:32 もし、ただの人間にんげんの思おもいでエフェソで野獣やじゅうと戦たたかったのなら、それがわたしに何なんの得とくになるだろう。死者ししゃが復活ふっかつしないのなら、「食たべよう、飲のもう。どうせ明日あすは死しぬのだから」ということになる。

コリント第一15:35 でも、こう言いう人ひとがいるだろう。「死者ししゃはどのようにして復活ふっかつするのか。どんな体からだで来くるのか」と。

コリント第一15:42 死者ししゃの復活ふっかつも、これと同おなじだ。朽くちるものとして蒔まかれ、朽くちないものとしてよみがえる。

ガラテヤ人への手紙(1か所)

ガラテヤ1:1 パウロから。わたしは使徒しとだ。でも、人ひとから選えらばれたのでも、人ひとを通とおしてなったのでもない。イエス・キリストと、そのイエスを死者ししゃの中なかから復活ふっかつさせた父ちちなる神かみによって、使徒しとになったのだ。

エペソ人への手紙(1か所)

エペソ1:20 キリストのうちに現あらわされた力ちからだ。神かみはキリストを死者ししゃの中なかから復活ふっかつさせ、天てんでご自分じぶんの右みぎの座ざに着つかせた。

ピリピ人への手紙(2か所)

ピリピ3:10 こうしてわたしは、キリストご自身じしんを知しり、その復活ふっかつの力ちからを知しり、その苦くるしみを分わかち合あいたい。キリストの死しと同おなじ姿すがたにされることで、

ピリピ3:11 どうにかして、死者ししゃの中なかからの復活ふっかつにたどり着つきたいのだ。

コロサイ人への手紙(1か所)

コロサイ1:18 また、御子みこはその体からだである教会きょうかいの頭あたまだ。御子みこは初はじめであり、死者ししゃの中なかから最初さいしょに復活ふっかつした方かただ。こうして、御子みこはすべてにおいて第だい一いちの座ざを占しめることになった。

テサロニケ人への第一の手紙(1か所)

テサロニケ第一4:14 わたしたちは、イエスが死しんで、そして復活ふっかつしたと信しんじている。それなら同おなじように、神かみはイエスを信しんじて眠ねむりについた人ひとたちを、イエスといっしょに連つれて来きてくださる。

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二2:18 この二人ふたりは真理しんりから外はずれてしまい、復活ふっかつはもう起おきたなどと言いって、何なん人にんかの信仰しんこうをくつがえしている。

ヘブル人への手紙(2か所)

ヘブル11:35 女おんなたちは、死しんだ身内みうちが生いき返かえって戻もどってくるのを受うけ取とった。一方いっぽうで、拷問ごうもんを受うけても釈放しゃくほうを受うけ入いれなかった人ひとたちもいた。もっとすぐれた復活ふっかつにあずかるためだ。

ヘブル13:20 平和へいわの神かみは、羊ひつじの大だい牧者ぼくしゃであるわたしたちの主しゅイエスを、永遠えいえんの契約けいやくの血ちによって死者ししゃの中なかから復活ふっかつさせてくださった。

ペテロの第一の手紙(2か所)

ペテロ第一1:3 わたしたちの主しゅイエス・キリストの父ちちである神かみをほめたたえよう。神かみはその大おおきなあわれみによって、わたしたちを新あたらしく生うまれさせてくれた。イエス・キリストが死者ししゃの中なかから復活ふっかつしたことで、わたしたちには生いきた希望きぼうが与あたえられたのだ。

ペテロ第一3:21 この水みずが指さし示しめすバプテスマは、今いまあなたたちを救すくう。それは体からだの汚よごれを洗あらい落おとすことではなく、正ただしい良心りょうしんを求もとめて神かみに誓ちかうことだ。そして、イエス・キリストの復活ふっかつによって救すくうのだ。

ヨハネの黙示録(2か所)

黙示録20:5 残のこりの死者ししゃたちは、千せん年ねんが終おわるまで生いき返かえらなかった。これが最初さいしょの復活ふっかつである。

黙示録20:6 この最初さいしょの復活ふっかつにあずかる人々ひとびとは、幸いさいわいである。そして聖せいなる者ものとされている。この人ひとたちには、二に度ど目めの死しが力ちからを持もつことはない。彼かれらは神かみとキリストに仕つかえる者ものとなり、キリストとともに千せん年ねんの間あいだ、王おうとして治おさめるのだ。

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