「子ども」(こども)が出てくる聖書の箇所
「子ども」(こども)は口語訳の247か所(旧約203・新約44)に出てきます。「子供」も含みます。日常訳第1版では482か所。
247か所を200か所ずつ2ページに分けています(2ページ目)。
ゼカリヤ書(2か所)
ゼカリヤ書10:7 エフライムびとは勇士のようになり、その心は酒を飲んだように喜ぶ。その子供らはこれを見て喜び、その心は主によって楽しむ。
ゼカリヤ書10:9 わたしは彼らを国々の民の中に散らした。しかし彼らは遠い国々でわたしを覚え、その子供らと共に生きながらえて帰ってくる。
マラキ書(1か所)
マラキ書4:6 彼は父の心をその子供たちに向けさせ、子供たちの心をその父に向けさせる。これはわたしが来て、のろいをもってこの国を撃つことのないようにするためである」。
マタイによる福音書(6か所)
マタイ7:11 このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天にいますあなたがたの父はなおさら、求めてくる者に良いものを下さらないことがあろうか。
マタイ11:16 今の時代を何に比べようか。それは子供たちが広場にすわって、ほかの子供たちに呼びかけ、
マタイ14:21 食べた者は、女と子供とを除いて、おおよそ五千人であった。
マタイ15:26 イエスは答えて言われた、「子供たちのパンを取って小犬に投げてやるのは、よろしくない」。
マタイ15:38 食べた者は、女と子供とを除いて四千人であった。
マタイ21:15 しかし、祭司長、律法学者たちは、イエスがなされた不思議なわざを見、また宮の庭で「ダビデの子に、ホサナ」と叫んでいる子供たちを見て立腹し、
マルコによる福音書(5か所)
マルコ5:39 内にはいって、彼らに言われた、「なぜ泣き騒いでいるのか。子供は死んだのではない。眠っているだけである」。
マルコ5:40 人々はイエスをあざ笑った。しかし、イエスはみんなの者を外に出し、子供の父母と供の者たちだけを連れて、子供のいる所にはいって行かれた。
マルコ5:41 そして子供の手を取って、「タリタ、クミ」と言われた。それは、「少女よ、さあ、起きなさい」という意味である。
マルコ7:27 イエスは女に言われた、「まず子供たちに十分食べさすべきである。子供たちのパンを取って小犬に投げてやるのは、よろしくない」。
マルコ7:28 すると、女は答えて言った、「主よ、お言葉どおりです。でも、食卓の下にいる小犬も、子供たちのパンくずは、いただきます」。
ルカによる福音書(6か所)
ルカ1:44 ごらんなさい。あなたのあいさつの声がわたしの耳にはいったとき、子供が胎内で喜びおどりました。
ルカ7:32 それは子供たちが広場にすわって、互に呼びかけ、『わたしたちが笛を吹いたのに、あなたたちは踊ってくれなかった。弔いの歌を歌ったのに、泣いてくれなかった』と言うのに似ている。
ルカ9:42 ところが、その子がイエスのところに来る時にも、悪霊が彼を引き倒して、引きつけさせた。イエスはこの汚れた霊をしかりつけ、その子供をいやして、父親にお渡しになった。
ルカ11:7 彼は内から、『面倒をかけないでくれ。もう戸は締めてしまったし、子供たちもわたしと一緒に床にはいっているので、いま起きて何もあげるわけにはいかない』と言うであろう。
ルカ11:13 このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には、良い贈り物をすることを知っているとすれば、天の父はなおさら、求めて来る者に聖霊を下さらないことがあろうか」。
ルカ23:28 イエスは女たちの方に振りむいて言われた、「エルサレムの娘たちよ、わたしのために泣くな。むしろ、あなたがた自身のため、また自分の子供たちのために泣くがよい。
ヨハネによる福音書(2か所)
ヨハネ4:49 この役人はイエスに言った、「主よ、どうぞ、子供が死なないうちにきて下さい」。
ヨハネ6:9 「ここに、大麦のパン五つと、さかな二ひきとを持っている子供がいます。しかし、こんなに大ぜいの人では、それが何になりましょう」。
使徒行伝(2か所)
使徒21:5 しかし、滞在期間が終った時、わたしたちはまた旅立つことにしたので、みんなの者は、妻や子供を引き連れて、町はずれまで、わたしたちを見送りにきてくれた。そこで、共に海岸にひざまずいて祈り、
使徒21:21 ところが、彼らが伝え聞いているところによれば、あなたは異邦人の中にいるユダヤ人一同に対して、子供に割礼を施すな、またユダヤの慣例にしたがうなと言って、モーセにそむくことを教えている、ということである。
ローマ人への手紙(1か所)
ローマ9:11 まだ子供らが生れもせず、善も悪もしない先に、神の選びの計画が、
コリント人への第一の手紙(1か所)
コリント第一14:20 兄弟たちよ。物の考えかたでは、子供となってはいけない。悪事については幼な子となるのはよいが、考えかたでは、おとなとなりなさい。
コリント人への第二の手紙(2か所)
コリント第二6:13 わたしは子供たちに対するように言うが、どうかあなたがたの方でも心を広くして、わたしに応じてほしい。
コリント第二12:14 さて、わたしは今、三度目にあなたがたの所に行く用意をしている。しかし、負担はかけないつもりである。わたしの求めているのは、あなたがたの持ち物ではなく、あなたがた自身なのだから。いったい、子供は親のために財をたくわえて置く必要はなく、親が子供のためにたくわえて置くべきである。
ガラテヤ人への手紙(2か所)
ガラテヤ4:1 わたしの言う意味は、こうである。相続人が子供である間は、全財産の持ち主でありながら、僕となんの差別もなく、
ガラテヤ4:3 それと同じく、わたしたちも子供であった時には、いわゆるこの世のもろもろの霊力の下に、縛られていた者であった。
エペソ人への手紙(3か所)
エペソ4:14 こうして、わたしたちはもはや子供ではないので、だまし惑わす策略により、人々の悪巧みによって起る様々な教の風に吹きまわされたり、もてあそばれたりすることがなく、
エペソ5:1 こうして、あなたがたは、神に愛されている子供として、神にならう者になりなさい。
エペソ6:4 父たる者よ。子供をおこらせないで、主の薫陶と訓戒とによって、彼らを育てなさい。
コロサイ人への手紙(1か所)
コロサイ3:21 父たる者よ、子供をいらだたせてはいけない。心がいじけるかも知れないから。
テサロニケ人への第一の手紙(1か所)
テサロニケ第一2:7 むしろ、あなたがたの間で、ちょうど母がその子供を育てるように、やさしくふるまった。
テモテへの第一の手紙(2か所)
テモテ第一3:4 自分の家をよく治め、謹厳であって、子供たちを従順な者に育てている人でなければならない。
テモテ第一3:12 執事はひとりの妻の夫であって、子供と自分の家とをよく治める者でなければならない。
テトスへの手紙(1か所)
テトス2:4 そうすれば、彼女たちは、若い女たちに、夫を愛し、子供を愛し、
ピレモンへの手紙(1か所)
ピレモン1:10 捕われの身で産んだわたしの子供オネシモについて、あなたにお願いする。
ヘブル人への手紙(1か所)
ヘブル11:23 信仰によって、モーセの生れたとき、両親は、三か月のあいだ彼を隠した。それは、彼らが子供のうるわしいのを見たからである。彼らはまた、王の命令をも恐れなかった。
ペテロの第一の手紙(1か所)
ペテロ第一1:14 従順な子供として、無知であった時代の欲情に従わず、
ヨハネの第一の手紙(2か所)
ヨハネ第一2:14 子供たちよ。あなたがたに書きおくったのは、あなたがたが父を知ったからである。父たちよ。あなたがたに書きおくったのは、あなたがたが、初めからいますかたを知ったからである。若者たちよ。あなたがたに書きおくったのは、あなたがたが強い者であり、神の言があなたがたに宿り、そして、あなたがたが悪しき者にうち勝ったからである。
ヨハネ第一2:18 子供たちよ。今は終りの時である。あなたがたがかねて反キリストが来ると聞いていたように、今や多くの反キリストが現れてきた。それによって今が終りの時であることを知る。
ヨハネの第二の手紙(2か所)
ヨハネ第二1:4 あなたの子供たちのうちで、わたしたちが父から受けた戒めどおりに、真理のうちを歩いている者があるのを見て、わたしは非常に喜んでいる。
ヨハネ第二1:13 選ばれたあなたの姉妹の子供たちが、あなたによろしく。
ヨハネの第三の手紙(1か所)
ヨハネ第三1:4 わたしの子供たちが真理のうちを歩いていることを聞く以上に、大きい喜びはない。
ヨハネの黙示録(1か所)
黙示録2:23 また、この女の子供たちをも打ち殺そう。こうしてすべての教会は、わたしが人の心の奥底までも探り知る者であることを悟るであろう。そしてわたしは、あなたがたひとりびとりのわざに応じて報いよう。