「女の子」(おんなのこ)が出てくる聖書の箇所

「女の子」(おんなのこ)は口語訳の23か所(旧約19・新約4)に出てきます。日常訳第1版では12か所。

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出エジプト記(4か所)

出エジプト1:16 言いった、「ヘブルの女おんなのために助産じょさんをするとき、産うみ台だいの上うえを見みて、もし男おとこの子こならばそれを殺ころし、女おんなの子こならば生いかしておきなさい」。

出エジプト1:22 そこでパロはそのすべての民たみに命めいじて言いった、「ヘブルびとに男おとこの子こが生うまれたならば、みなナイル川かわに投なげこめ。しかし女おんなの子こはみな生いかしておけ」。

出エジプト21:4 もしその主人しゅじんが彼かれに妻つまを与あたえて、彼かれに男おとこの子こまた女おんなの子こを産うんだならば、妻つまとその子供こどもは主人しゅじんのものとなり、彼かれは独身どくしんで去さらなければならない。

出エジプト21:31 男おとこの子こを突ついても、女おんなの子こを突ついても、この定さだめに従したがって処置しょちされなければならない。

レビ記(3か所)

レビ記12:5 もし女おんなの子こを産うめば、二に週間しゅうかん、月つきのさわりと同おなじように汚よごれる。その女おんなはなお、血ちの清きよめに六十ろくじゅう六むい日かを経へなければならない。

レビ記12:6 男おとこの子こまたは女おんなの子こについての清きよめの日ひが満みちるとき、女おんなは燔祭はんさいのために一いち歳さいの小羊こひつじ、罪つみ祭まつりのために家いえばとのひな、あるいは山やまばとを、会見かいけんの幕屋まくやの入口いりぐちの、祭司さいしのもとに、携たずさえてこなければならない。

レビ記12:7 祭司さいしはこれを主しゅの前まえにささげて、その女おんなのために、あがないをしなければならない。こうして女おんなはその出血しゅっけつの汚よごれが清きよまるであろう。これは男おとこの子こまたは女おんなの子こを産うんだ女おんなのためのおきてである。

民数記(1か所)

民数記26:33 ヘペルの子こゼロペハデには男おとこの子こがなく、ただ女おんなの子このみで、ゼロペハデの女おんなの子この名なはマアラ、ノア、ホグラ、ミルカ、テルザといった。

ヨシュア記(1か所)

ヨシュア記17:3 しかし、マナセの子こマキル、その子こギレアデ、その子こヘペル、その子こであったゼロペハデには、女おんなの子こだけで、男おとこの子こがなかった。女おんなの子こたちの名なは、マヘラ、ノア、ホグラ、ミルカ、テルザといった。

サムエル記上(1か所)

サムエル第一2:21 こうして主しゅがハンナを顧かえりみられたので、ハンナはみごもって、三さん人にんの男おとこの子ことふたりの女おんなの子こを産うんだ。わらべサムエルは主しゅの前まえで育そだった。

歴代志上(4か所)

歴代志上2:34 セシャンには男おとこの子こはなく、ただ女おんなの子このみであったが、彼かれはヤルハと呼よぶエジプトびとの奴隷どれいをもっていたので、

歴代志上4:27 シメイには男おとこの子こ十じゅう六ろく人にん、女おんなの子こ六ろく人にんあったが、その兄弟きょうだいたちには多おおくの子こはなかった。またその氏族しぞくの者ものはすべてユダの子孫しそんほどにはふえなかった。

歴代志上7:15 マキルはホパムとシュパムの妹いもうとマアカという者ものを妻つまにめとった。二に番ばん目めの子こはゼロペハデという。ゼロペハデには女おんなの子こだけがあった。

歴代志上25:5 これらは皆みな、神かみがご自身じしんの約束やくそくにしたがって高たかくされた王おうの先見せんけん者しゃヘマンの子こたちであった。神かみはヘマンに男おとこの子こ十じゅう四よん人にん、女おんなの子こ三さん人にんを与あたえられた。

歴代志下(1か所)

歴代志下11:21 レハベアムはアブサロムの娘むすめマアカをすべての妻つまとそばめにまさって愛あいした。彼かれは妻つま十じゅう八はち人にん、そばめ六十ろくじゅう人にんをめとって、男おとこの子こ二十にじゅう八はち人にんと女おんなの子こ六十ろくじゅう人にんをもうけた。

ヨブ記(2か所)

ヨブ記1:2 彼かれに男おとこの子こ七なな人にんと女おんなの子こ三さん人にんがあり、

ヨブ記42:13 また彼かれは男おとこの子こ七なな人にん、女おんなの子こ三さん人にんをもった。

ホセア書(1か所)

ホセア書1:6 ゴメルはまたみごもって女おんなの子こを産うんだ。主しゅはホセアに言いわれた、「あなたはその名なをロルハマと名なづけよ。わたしはもはやイスラエルの家いえをあわれまず、決けっしてこれをゆるさないからである。

ゼカリヤ書(1か所)

ゼカリヤ書8:5 またその町まちの街路がいろには、男おとこの子こ、女おんなの子こが満みちて、街路がいろに遊あそび戯たわむれる』。

ガラテヤ人への手紙(4か所)

ガラテヤ4:23 女じょ奴隷どれいの子こは肉にくによって生うまれたのであり、自由じゆうの女おんなの子こは約束やくそくによって生うまれたのであった。

ガラテヤ4:27 すなわち、こう書かいてある、「喜よろこべ、不妊ふにんの女おんなよ。声こえをあげて喜よろこべ、産うみの苦くるしみを知しらない女おんなよ。ひとり者ものとなっている女おんなは多おおくの子こを産うみ、その数すうは、夫おっとある女おんなの子こらよりも多おおい」。

ガラテヤ4:30 しかし、聖書せいしょはなんと言いっているか。「女じょ奴隷どれいとその子ことを追おい出だせ。女じょ奴隷どれいの子こは、自由じゆうの女おんなの子こと共ともに相続そうぞくをしてはならない」とある。

ガラテヤ4:31 だから、兄弟きょうだいたちよ。わたしたちは女じょ奴隷どれいの子こではなく、自由じゆうの女おんなの子こなのである。

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