「夕暮」(ゆうぐれ)が出てくる聖書の箇所

「夕暮」(ゆうぐれ)は口語訳の34か所(旧約31・新約3)に出てきます。「夕ぐれ」「夕暮れ」も含みます。日常訳第1版では27か所。

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創世記(4か所)

創世記19:1 そのふたりのみ使つかいは夕暮ゆうぐれにソドムに着ついた。そのときロトはソドムの門もんにすわっていた。ロトは彼かれらを見みて、立たって迎むかえ、地ちに伏ふして、

創世記24:11 彼かれはらくだを町まちの外そとの、水みずの井戸いどのそばに伏ふさせた。時ときは夕暮ゆうぐれで、女おんなたちが水みずをくみに出でる時刻じこくであった。

創世記24:63 イサクは夕暮ゆうぐれ、野のに出でて歩あるいていたが、目めをあげて、らくだの来くるのを見みた。

創世記29:23 夕暮ゆうぐれとなったとき、娘むすめレアをヤコブのもとに連つれてきたので、ヤコブは彼女かのじょの所ところにはいった。

出エジプト記(3か所)

出エジプト12:6 そしてこの月つきの十じゅう四よん日かまで、これを守まもって置おき、イスラエルの会衆かいしゅうはみな、夕暮ゆうぐれにこれをほふり、

出エジプト16:6 モーセとアロンは、イスラエルのすべての人々ひとびとに言いった、「夕暮ゆうぐれには、あなたがたは、エジプトの地ちからあなたがたを導みちびき出だされたのが、主しゅであることを知しるであろう。

出エジプト16:8 モーセはまた言いった、「主しゅは夕暮ゆうぐれにはあなたがたに肉にくを与あたえて食たべさせ、朝あさにはパンを与あたえて飽あき足たらせられるであろう。主しゅはあなたがたが、主しゅにむかってつぶやくつぶやきを聞きかれたからである。いったいわれわれは何者なにものなのか。あなたがたのつぶやくのは、われわれにむかってでなく、主しゅにむかってである」。

民数記(3か所)

民数記9:3 この月つきの十じゅう四よん日かの夕暮ゆうぐれ、定さだめの時ときに、それを行おこなわなければならない。あなたがたは、そのすべての定さだめと、そのすべてのおきてにしたがって、それを行おこなわなければならない」。

民数記9:5 彼かれらは正月しょうがつの十じゅう四よん日かの夕暮ゆうぐれ、シナイの荒野あらので過越すぎこしの祭まつりを行おこなった。すなわち、イスラエルの人々ひとびとは、すべて主しゅがモーセに命めいじられたようにおこなった。

民数記9:11 すなわち、二に月がつの十じゅう四よん日かの夕暮ゆうぐれ、それを行おこない、種しゅ入いれぬパンと苦菜にがなを添そえて、それを食たべなければならない。

申命記(2か所)

申命記16:4 その七なな日かの間あいだは、国くにの内うちどこにもパン種しゅがあってはならない。また初はじめの日ひの夕暮ゆうぐれにほふるものの肉にくを、翌朝よくあさまで残のこしておいてはならない。

申命記16:6 ただあなたの神かみ、主しゅがその名なを置おくために選えらばれる場所ばしょで、夕暮ゆうぐれの日ひの入はいるころ、あなたがエジプトから出でた時刻じこくに、過越すぎこしの犠牲ぎせいをほふらなければならない。

ヨシュア記(2か所)

ヨシュア記5:10 イスラエルの人々ひとびとはギルガルに宿営しゅくえいしていたが、その月つきの十じゅう四よん日かの夕暮ゆうぐれ、エリコの平野へいやで過越すぎこしの祭まつりを行おこなった。

ヨシュア記10:26 そして後あとヨシュアは彼かれらを撃うって死しなせ、五ご本ぽんの木きにかけて、夕暮ゆうぐれまで木きの上うえにさらして置おいたが、

士師記(4か所)

士師記19:16 時ときにひとりの老人ろうじんが夕暮ゆうぐれに畑はたけの仕事しごとから帰かえってきた。この人ひとはエフライムの山地さんちの者もので、ギベアに寄留きりゅうしていたのである。ただしこの所ところの人々ひとびとはベニヤミンびとであった。

士師記20:23 そしてイスラエルの人々ひとびとは上のぼって行いって主しゅの前まえに夕暮ゆうぐれまで泣なき、主しゅに尋たずねた、「われわれは再ふたたびわれわれの兄弟きょうだいであるベニヤミンの人々ひとびとと戦たたかいを交まじえるべきでしょうか」。主しゅは言いわれた、「攻せめのぼれ」。

士師記20:26 これがためにイスラエルのすべての人々ひとびとすなわち全軍ぜんぐんはベテルに上のぼって行いって泣なき、その所ところで主しゅの前まえに座ざして、その日ひ夕暮ゆうぐれまで断食だんじきし、燔祭はんさいと酬恩しゅうおん祭さいを主しゅの前まえにささげた。

士師記21:2 民みんはベテルに行いって、そこで夕暮ゆうぐれまで神かみの前まえに座ざし、声こえをあげて激はげしく泣ないて、

ルツ記(1か所)

ルツ記2:17 こうして彼女かのじょは夕暮ゆうぐれまで畑はたけで落おち穂ぼを拾ひろった。そして拾ひろった穂ほを打うつと、大麦おおむぎは一いちエパほどあった。

サムエル記上(1か所)

サムエル第一30:17 ダビデは夕ゆうぐれから翌日よくじつの夕方ゆうがたまで、彼かれらを撃うったので、らくだに乗のって逃にげた四百よんひゃく人にんの若者わかものたちのほかには、ひとりものがれた者ものはなかった。

サムエル記下(3か所)

サムエル第二1:12 彼かれらはサウルのため、またその子こヨナタンのため、また主しゅの民たみのため、またイスラエルの家いえのために悲かなしみ泣ないて、夕暮ゆうぐれまで食しょくを断ことわった。それは彼かれらがつるぎに倒たおれたからである。

サムエル第二11:2 さて、ある日ひの夕暮ゆうぐれ、ダビデは床ゆかから起おき出でて、王おうの家いえの屋上おくじょうを歩あるいていたが、屋上おくじょうから、ひとりの女おんながからだを洗あらっているのを見みた。その女おんなは非常ひじょうに美うつくしかった。

サムエル第二11:13 ダビデは彼かれを招まねいて自分じぶんの前まえで食くい飲のみさせ、彼かれを酔よわせた。夕暮ゆうぐれになって彼かれは出でていって、その床ゆかに、主君しゅくんの家来けらいたちと共ともに寝ねた。そして自分じぶんの家いえには下くだって行いかなかった。

列王紀上(1か所)

列王紀上22:35 その日ひ戦たたかいは激はげしくなった。王おうは戦車せんしゃの中なかにささえられて立たち、スリヤびとにむかっていたが、ついに、夕暮ゆうぐれになって死しんだ。傷きずの血ちは戦車せんしゃの底そこに流ながれた。

歴代志下(1か所)

歴代志下18:34 その日ひ戦たたかいは激はげしくなった。イスラエルの王おうは車くるまの中なかに自分じぶんをささえて立たち、夕暮ゆうぐれまでスリヤびとに向むかっていたが、日ひの入はいるころになって死しんだ。

ヨブ記(1か所)

ヨブ記7:2 奴隷どれいが夕暮ゆうぐれを慕したうように、雇人やといにんがその賃銀ちんぎんを望のぞむように、

詩篇(1か所)

詩篇102:11 わたしのよわいは夕暮ゆうぐれの日影ひかげのようです。わたしは草くさのようにしおれました。

イザヤ書(1か所)

イザヤ書17:14 夕暮ゆうぐれには、見みよ、恐おそれがある。まだ夜よるの明あけないうちに彼かれらはうせた。これはわれわれをかすめる者ものの受うけくべき分ぶん、われわれを奪ううばう者ものの引ひくべきくじである。

エゼキエル書(1か所)

エゼキエル書46:2 君きみたる者ものは、外そとから門もんの廊ろうをとおってはいり、門もんの柱はしらのかたわらに立たて。そのとき祭司さいしたちは、燔祭はんさいと酬恩しゅうおん祭さいとをささげ、彼かれは門もんの敷居しきいで、礼拝れいはいして出でて行いくのである。しかし門もんは夕暮ゆうぐれまで閉とじてはならない。

ゼパニヤ書(1か所)

ゼパニヤ書2:7 海うみべはユダの家いえの残のこりの者ものに帰きする。彼かれらはその所ところで群むれを養やしない、夕暮ゆうぐれにはアシケロンの家いえに伏ふす。彼かれらの神かみ、主しゅが彼かれらを顧かえりみ、その幸福こうふくを回復かいふくされるからである。

ゼカリヤ書(1か所)

ゼカリヤ書14:7 そこには長ながい連続れんぞくした日ひがある(主しゅはこれを知しられる)。これには昼ひるもなく、夜よるもない。夕暮ゆうぐれになっても、光ひかりがあるからである。

マタイによる福音書(1か所)

マタイ8:16 夕暮ゆうぐれになると、人々ひとびとは悪霊あくりょうにつかれた者ものを大おおぜい、みもとに連つれてきたので、イエスはみ言葉ことばをもって霊れいどもを追おい出だし、病人びょうにんをことごとくおいやしになった。

マルコによる福音書(1か所)

マルコ1:32 夕暮ゆうぐれになり日ひが沈しずむと、人々ひとびとは病人びょうにんや悪霊あくりょうにつかれた者ものをみな、イエスのところに連つれてきた。

ルカによる福音書(1か所)

ルカ24:29 そこで、しいて引ひき止とめて言いった、「わたしたちと一緒いっしょにお泊とまり下ください。もう夕暮ゆうぐれになっており、日ひもはや傾かたむいています」。イエスは、彼かれらと共ともに泊とまるために、家いえにはいられた。

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