「刺す」(さす)が出てくる聖書の箇所

「刺す」(さす)は口語訳の38か所(旧約25・新約13)に出てきます。「差す」「差せる」も含みます。日常訳第1版では37か所。

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創世記(1か所)

創世記48:20 こうして彼かれはこの日ひ、彼かれらを祝福しゅくふくして言いった、「あなたを指さして、イスラエルは、人ひとを祝福しゅくふくして言ゆうであろう、『神かみがあなたをエフライムのごとく、またマナセのごとくにせられるように』」。このように、彼かれはエフライムをマナセの先さきに立たてた。

出エジプト記(1か所)

出エジプト25:15 さおは箱ばこの環かんに差さして置おき、それを抜ぬき放はなしてはならない。

申命記(1か所)

申命記15:17 あなたは、きりを取とって彼かれの耳みみを戸とに刺さささなければならない。そうすれば、彼かれはいつまでもあなたの奴隷どれいとなるであろう。女じょ奴隷どれいにもそうしなければならない。

士師記(1か所)

士師記3:21 そのときエホデは左ひだりの手てを伸のばし、右みぎのももからつるぎをとって王おうの腹はらを刺さした。

サムエル記上(2か所)

サムエル第一26:8 アビシャイはダビデに言いった、「神かみはきょう敵てきをあなたの手てに渡わたされました。どうぞわたしに、彼かれのやりをもってひと突つきで彼かれを地ちに刺さしとおさせてください。ふたたび突つくには及およびません」。

サムエル第一31:4 そこでサウルはその武器ぶきを執とる者ものに言いった、「つるぎを抜ぬき、それをもってわたしを刺させ。さもないと、これらの無む割礼かつれいの者ものどもがきて、わたしを刺さし、わたしをなぶり殺ごろしにするであろう」。しかしその武器ぶきを執とる者ものは、ひじょうに恐おそれて、それに応おうじなかったので、サウルは、つるぎを執とって、その上うえに伏ふした。

サムエル記下(3か所)

サムエル第二2:16 おのおの相手あいての頭あたまを捕とらえ、つるぎを相手あいてのわき腹ばらに刺さし、こうして彼かれらは共ともに倒たおれた。それゆえ、その所ところはヘルカテ・ハヅリムと呼よばれた。それはギベオンにある。

サムエル第二3:27 アブネルがヘブロンに帰かえってきたとき、ヨアブはひそかに語かたろうといって彼かれを門もんのうちに連つれて行いき、その所ところで彼かれの腹はらを刺さして死しなせ、自分じぶんの兄弟きょうだいアサヘルの血ちを報むくいた。

サムエル第二20:10 アマサはヨアブの手てにつるぎがあることに気きづかなかったので、ヨアブはそれをもってアマサの腹部ふくぶを刺さして、そのはらわたを地ちに流ながし出だし、重かさねて撃うつこともなく彼かれを殺ころした。こうしてヨアブとその兄弟きょうだいアビシャイはビクリの子こシバのあとを追おった。

歴代志上(1か所)

歴代志上10:4 そこでサウルはその武器ぶきを執とる者ものに言いった、「つるぎを抜ぬき、それをもってわたしを刺させ。さもないと、これらの割礼かつれいなき者ものが来きて、わたしをはずかしめるであろう」。しかしその武器ぶきを執とる者ものがいたく恐おそれて聞ききいれなかったので、サウルはつるぎをとってその上うえに伏ふした。

ネヘミヤ記(1か所)

ネヘミヤ記7:3 わたしは彼かれらに言いった、「日ひの暑あつくなるまではエルサレムのもろもろの門もんを開ひらいてはならない。人々ひとびとが立たって守まもっている間あいだに門もんを閉とじさせ、貫かんの木きを差させ。またエルサレムの住民じゅうみんの中なかから番兵ばんぺいを立たてて、おのおのにその所ところを守まもらせ、またおのおのの家いえと向むかい合あう所ところを守まもらせよ」。

ヨブ記(1か所)

ヨブ記35:6 あなたが罪つみを犯おかしても、彼かれになんのさしさわりがあるか。あなたのとがが多おおくても、彼かれに何なんをなし得えようか。

詩篇(2か所)

詩篇37:15 しかしそのつるぎはおのが胸むねを刺さし、その弓ゆみは折おられる。

詩篇73:21 わたしの魂たましいが痛いたみ、わたしの心こころが刺ささされたとき、

箴言(2か所)

箴言12:18 つるぎをもって刺さすように、みだりに言葉ことばを出だす者ものがある、しかし知恵ちえある人ひとの舌したは人ひとをいやす。

箴言23:32 これはついに、へびのようにかみ、まむしのように刺さす。

イザヤ書(4か所)

イザヤ書13:15 すべて見みいだされる者ものは刺ささされ、すべて捕とらえられる者ものはつるぎによって倒たおされ、

イザヤ書17:10 これはあなたがたが自分じぶんの救すくいの神かみを忘わすれ、自分じぶんの避さけ所しょなる岩いわを心こころにとめなかったからだ。それゆえ、あなたがたは美うつくしい植物しょくぶつを植うえ、異ことなる神かみの切きり枝えだをさし、

イザヤ書58:9 また、あなたが呼よぶとき、主しゅは答こたえられ、あなたが叫さけぶとき、『わたしはここにおる』と言いわれる。もし、あなたの中なかからくびきを除のぞき、指ゆびをさすこと、悪わるい事ことを語かたることを除のぞき、

イザヤ書62:8 主しゅはその右みぎの手てをさし、大だい能のうのかいなをさして誓ちかわれた、「わたしは再ふたたびあなたの穀物こくもつをあなたの敵てきに与あたえて食たべさせない。また、あなたが労ろうして得えたぶどう酒しゅを異邦いほう人にんに与あたえて飲のませない。

哀歌(1か所)

哀歌4:9 つるぎで殺ころされる者ものは、飢うえて死しぬ者ものよりもさいわいである。彼かれらは田畑たはたの産物さんぶつの欠乏けつぼうによって、刺ささされた者もののように衰おとろえ行いくからである。

エゼキエル書(1か所)

エゼキエル書28:24 イスラエルの家いえには、もはや刺さすいばらはなく、これを卑いやしめたその周囲しゅういの人々ひとびとのうちには、苦くるしめるとげもなくなる。こうして彼かれらはわたしが主しゅであることを知しるようになる。

ハバクク書(1か所)

ハバクク書3:14 あなたはあなたのやりで将軍しょうぐんの首くびを刺さしとおされた。彼かれらはわたしを散ちらそうとして、つむじ風かぜのように来き、貧まずしい者ものをひそかに、のみ滅ほろぼすことを楽たのしみとした。

ゼカリヤ書(2か所)

ゼカリヤ書12:10 わたしはダビデの家いえおよびエルサレムの住民じゅうみんに、恵めぐみと祈いのりの霊れいとを注そそぐ。彼かれらはその刺さした者ものを見みる時とき、ひとり子ごのために嘆なげくように彼かれのために嘆なげき、ういごのために悲かなしむように、彼かれのためにいたく悲かなしむ。

ゼカリヤ書13:3 もし、人ひとが今後こんご預言よげんするならば、その産うみの父母ふぼはこれにむかって、『あなたは主しゅの名なをもって偽いつわりを語かたるゆえ、生いきていることができない』と言いいい、その産うみの父母ふぼは彼かれが預言よげんしている時とき、彼かれを刺さすであろう。

使徒行伝(3か所)

使徒2:37 人々ひとびとはこれを聞きいて、強つよく心こころを刺ささされ、ペテロやほかの使徒しとたちに、「兄弟きょうだいたちよ、わたしたちは、どうしたらよいのでしょうか」と言いった。

使徒9:3 ところが、道みちを急いいそいでダマスコの近ちかくにきたとき、突然とつぜん、天てんから光ひかりがさして、彼かれをめぐり照てらしした。

使徒20:9 ユテコという若者わかものが窓まどに腰こしをかけていたところ、パウロの話はなしがながながと続つづくので、ひどく眠ねむけがさしてきて、とうとうぐっすり寝入ねいってしまい、三さん階かいから下したに落おちた。抱だき起おこしてみたら、もう死しんでいた。

ローマ人への手紙(1か所)

ローマ4:12 かつ、割礼かつれいの者ものの父ちちとなるためなのである。割礼かつれいの者ものというのは、割礼かつれいを受うけた者ものばかりではなく、われらの父ちちアブラハムが無む割礼かつれいの時ときに持もっていた信仰しんこうの足跡あしあとを踏ふむ人々ひとびとをもさすのである。

コリント人への第一の手紙(1か所)

コリント第一4:8 あなたがたは、すでに満腹まんぷくしているのだ。すでに富とみ栄さかえているのだ。わたしたちを差さしおいて、王おうになっているのだ。ああ、王おうになっていてくれたらと思おもう。そうであったなら、わたしたちも、あなたがたと共ともに王おうになれたであろう。

ガラテヤ人への手紙(2か所)

ガラテヤ4:24 さて、この物語ものがたりは比喩ひゆとしてみられる。すなわち、この女おんなたちは二ふたつの契約けいやくをさす。そのひとりはシナイ山やまから出でて、奴隷どれいとなる者ものを産うむ。ハガルがそれである。

ガラテヤ4:26 しかし、上うえなるエルサレムは、自由じゆうの女おんなであって、わたしたちの母ははをさす。

テモテへの第一の手紙(1か所)

テモテ第一6:10 金銭きんせんを愛あいすることは、すべての悪あくの根ねである。ある人々ひとびとは欲よくばって金銭きんせんを求もとめたため、信仰しんこうから迷まよい出でて、多おおくの苦痛くつうをもって自分じぶん自身じしんを刺さしとおした。

ヘブル人への手紙(1か所)

ヘブル4:12 というのは、神かみの言げんは生いきていて、力ちからがあり、もろ刃はのつるぎよりも鋭するどくて、精神せいしんと霊魂れいこんと、関節かんせつと骨髄こつずいとを切きり離はなすまでに刺さしとおして、心こころの思おもいと志こころざしとを見分みわけることができる。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一1:11 彼かれらは、自分じぶんたちのうちにいますキリストの霊れいが、キリストの苦難くなんとそれに続つづく栄光えいこうとを、あらかじめあかしした時とき、それは、いつの時とき、どんな場合ばあいをさしたのかを、調しらべたのである。

ヨハネの黙示録(3か所)

黙示録1:7 見みよ、彼かれは、雲くもに乗のってこられる。すべての人ひとの目め、ことに、彼かれを刺さしとおした者ものたちは、彼かれを仰あおぎ見みるであろう。また地上ちじょうの諸族しょぞくはみな、彼かれのゆえに胸むねを打うって嘆なげくであろう。しかり、アァメン。

黙示録9:5 彼かれらは、人間にんげんを殺ころすことはしないで、五ごか月げつのあいだ苦くるしめることだけが許ゆるされた。彼かれらの与あたえる苦痛くつうは、人ひとがさそりにさされる時ときのような苦痛くつうであった。

黙示録13:18 ここに、知恵ちえが必要ひつようである。思慮しりょのある者ものは、獣けものの数字すうじを解とくがよい。その数字すうじとは、人間にんげんをさすものである。そして、その数字すうじは六百ろっぴゃく六十ろくじゅう六ろくである。

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