「全身」(ぜんしん)が出てくる聖書の箇所
「全身」(ぜんしん)は日常訳第1版の14か所(旧約4・新約10)に出てきます。口語訳では19か所。
創世記(1か所)
創世記25:25 赤くて、全身が毛皮の外套のようだった。それで、その子はエサウと名づけられた。
レビ記(1か所)
レビ記13:13 祭司が調べて、重い皮膚病がその人の全身を覆っているなら、祭司はその患部を清いと宣言する。全身が白く変わったのだから、その人は清い。
民数記(1か所)
民数記8:7 彼らを清めるには、こうしなさい。まず、清めの水を彼らに振りかける。そして彼らは全身の毛をそり、衣服を洗って、身を清める。
エゼキエル書(1か所)
エゼキエル書10:12 その全身も、背中も、手も、翼も、そして四つの輪も、周り一面に目がびっしりと付いていた。
マタイによる福音書(4か所)
マタイ5:29 もしあなたの右目が罪へと誘うなら、えぐり出して捨てなさい。体の一部を失っても、全身が地獄に投げ込まれるよりはましなのだから。
マタイ5:30 もしあなたの右手が罪へと誘うなら、切り落として捨てなさい。体の一部を失っても、全身が地獄に投げ込まれるよりはましなのだから。
マタイ6:22 目はからだのランプだ。だから、あなたの目が澄んでいれば、全身も明るくなる。
マタイ6:23 しかし、目が悪ければ、あなたの全身は暗くなる。だから、あなたの中にある光が消えて暗闇になっているなら、その暗さはどれほどのものだろう。
ルカによる福音書(2か所)
ルカ5:12 イエスがある町にいたときのことだった。そこに、全身が重い皮膚病におかされた人がいた。その人はイエスを見ると、地にひれ伏して願った。「主よ、あなたさえよければ、わたしをきよくすることがおできになります。」
ルカ16:20 その金持ちの家の門の前には、ラザロという名の貧しい男が寝かされていた。全身できものだらけだった。
ヨハネによる福音書(2か所)
ヨハネ7:23 もし、モーセの律法が破られないように、安息日にも人は割礼を受けるのに、わたしが安息日に人の全身を治したからといって、どうしてそんなに怒るのか。
ヨハネ13:10 イエスは彼に言われた。「体を洗った人は、足だけ洗えばいい。あとは全身きれいなんだ。あなたたちもきれいだ。でも、みんながそうというわけではない。」
ピリピ人への手紙(1か所)
ピリピ3:13 兄弟姉妹よ、わたしは、まだそれを手に入れたとは思っていない。ただ一つ、うしろにあるものは忘れ、前にあるものへと全身を伸ばして、
ヨハネの黙示録(1か所)
黙示録17:3 そして天使は、わたしを霊によって荒れ野へ連れて行った。すると、一人の女が緋色の獣にまたがっているのが見えた。その獣は全身に神をののしる名で覆われ、七つの頭と十本の角を持っていた。