「乗り込む」(のりこむ)が出てくる聖書の箇所

「乗り込む」(のりこむ)は日常訳第1版の18か所(旧約3・新約15)に出てきます。口語訳では13か所。

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列王紀上(1か所)

列王紀上12:18 レハブアム王おうは、労役ろうえきを取とり仕切しきっていたアドラムを民たみのもとへ送おくった。すると、イスラエルの民たみはみなでアドラムに石いしを投なげつけ、彼かれを殺ころしてしまった。レハブアム王おうはあわてて戦車せんしゃに乗のり込こみ、エルサレムへ逃にげ帰かえった。

歴代志下(1か所)

歴代志下10:18 レハブアム王おうは、労役ろうえきを取とり仕切しきっていたハドラムを送おくった。しかしイスラエルの人々ひとびとは彼かれに石いしを投なげつけ、彼かれは死しんでしまった。レハブアム王おうはあわてて戦車せんしゃに乗のり込こみ、エルサレムへ逃にげ帰かえった。

ヨナ書(1か所)

ヨナ書1:3 ところがヨナは、主しゅのもとから逃にげようとして、タルシシュへ向むかった。ヨッパに下くだって行いくと、ちょうどタルシシュ行いきの船ふねが見みつかった。ヨナは料金りょうきんを払はらって船ふねに乗のり込こみ、人々ひとびとといっしょに、主しゅのもとを離はなれてタルシシュへ行いこうとした。

マタイによる福音書(2か所)

マタイ8:23 それから、イエスが舟ふねに乗のり込こむと、弟子でしたちもあとに続つづいた。

マタイ14:32 ふたりが舟ふねに乗のり込こむと、風かぜはやんだ。

マルコによる福音書(4か所)

マルコ4:1 イエスはまた、湖みずうみのほとりで教おしえ始はじめた。とても大勢おおぜいの人ひとが集あつまってきたので、イエスは舟ふねに乗のり込こみ、湖みずうみの上うえに座すわった。人々ひとびとはみな、岸辺きしべに立たって湖みずうみの方ほうを向むいていた。

マルコ5:18 イエスが舟ふねに乗のり込こもうとすると、悪霊あくれいに取とりつかれていた男おとこが、一緒いっしょにいさせてほしいと願ねがった。

マルコ6:51 そして舟ふねに乗のり込こんで彼かれらのところへ行いくと、風かぜはやんだ。弟子でしたちは、あまりのことに、ただ驚おどろくばかりだった。

マルコ12:9 さて、ぶどう畑はたけの持もち主ぬしはどうするだろうか。自分じぶんで乗のり込こんできて農夫のうふたちを滅ほろぼし、畑はたけを別べつの人ひとたちに与あたえるだろう。

ルカによる福音書(1か所)

ルカ5:3 イエスはその一いっそう、シモンの舟ふねに乗のり込こんだ。そして、岸きしから少すこし漕こぎ出だしてほしいと頼たのんだ。それから舟ふねに座すわって、集あつまった人々ひとびとを教おしえた。

ヨハネによる福音書(4か所)

ヨハネ6:17 舟ふねに乗のり込こんで、湖みずうみの向むこう岸ぎしのカファルナウムへ向むかった。もうあたりは暗くくらくなっていたのに、イエスはまだ彼かれらのところに来きていなかった。

ヨハネ6:22 その翌日よくじつ、湖みずうみの向むこう岸ぎしに残のこっていた群衆ぐんしゅうは、そこには小舟こぶねが一いっそうしかなかったこと、そしてイエスが弟子でしたちと一緒いっしょにその舟ふねに乗のり込こまず、弟子でしたちだけが出でていったことに気きづいた。

ヨハネ6:24 群衆ぐんしゅうは、イエスも弟子でしたちもそこにいないと知しると、自分じぶんたちも小舟こぶねに乗のり込こみ、イエスを探さがしにカファルナウムへ向むかった。

ヨハネ21:11 シモン・ペテロが舟ふねに乗のり込こみ、網あみを陸りくへ引ひき上あげた。網あみは大おおきな魚さかなでいっぱいだった。その数すうは百ひゃく五十ごじゅう三さん匹ひき。これだけたくさんの魚さかなが入はいっても、網あみは破やぶれていなかった。

使徒行伝(4か所)

使徒20:13 わたしたちは先さきに船ふねに乗のり込こみ、アソスに向むけて出航しゅっこうした。そこでパウロを乗のせることになっていたのだ。パウロ自身じしんは陸路りくろで行いくつもりで、そう決きめていた。

使徒21:2 そこでフェニキアへ渡わたる船ふねを見みつけ、それに乗のり込こんで出航しゅっこうした。

使徒21:6 互たがいに別わかれのあいさつを交かわした。それからわたしたちは船ふねに乗のり込こみ、彼かれらは家いえへ帰かえっていった。

使徒27:2 わたしたちはアドラミティオンの船ふねに乗のり込こんだ。この船ふねはアジア州しゅうの沿岸えんがんの港みなとに寄よっていく予定よていだった。こうして出航しゅっこうした。テサロニケ出身しゅっしんのマケドニア人にんアリスタルコも、いっしょにいた。

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