「不思議」(ふしぎ)が出てくる聖書の箇所

「不思議」(ふしぎ)は口語訳の58か所(旧約32・新約26)に出てきます。日常訳第1版では62か所。

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出エジプト記(7か所)

出エジプト3:20 それで、わたしは手てを伸のべて、エジプトのうちに行おこなおうとする、さまざまの不思議ふしぎをもってエジプトを打うとう。その後あとに彼かれはあなたがたを去さらせるであろう。

出エジプト4:21 主しゅはモーセに言いわれた、「あなたがエジプトに帰かえったとき、わたしがあなたの手てに授さずけた不思議ふしぎを、みなパロの前まえで行おこないなさい。しかし、わたしが彼かれの心こころをかたくなにするので、彼かれは民みんを去さらせないであろう。

出エジプト7:3 しかし、わたしはパロの心こころをかたくなにするので、わたしのしるしと不思議ふしぎをエジプトの国くにに多おおく行いっても、

出エジプト7:9 「パロがあなたがたに、『不思議ふしぎをおこなって証拠しょうこを示しめせ』と言いう時とき、あなたはアロンに言いいいなさい、『あなたのつえを取とって、パロの前まえに投なげなさい』と。するとそれはへびになるであろう」。

出エジプト11:9 主しゅはモーセに言いわれた、「パロはあなたがたの言いうことを聞きかないであろう。それゆえ、わたしはエジプトの国くにに不思議ふしぎを増まし加くわえるであろう」。

出エジプト11:10 モーセとアロンは、すべてこれらの不思議ふしぎをパロの前まえに行いったが、主しゅがパロの心こころをかたくなにされたので、彼かれはイスラエルの人々ひとびとをその国くにから去さらせなかった。

出エジプト34:10 主しゅは言いわれた、「見みよ、わたしは契約けいやくを結むすぶ。わたしは地ちのいずこにも、いかなる民たみのうちにも、いまだ行おこなわれたことのない不思議ふしぎを、あなたのすべての民たみの前まえに行おこなうであろう。あなたが共ともに住すむ民たみはみな、主しゅのわざを見みるであろう。わたしがあなたのためになそうとすることは、恐おそるべきものだからである。

申命記(7か所)

申命記4:34 あるいはまた、あなたがたの神かみ、主しゅがエジプトにおいて、あなたがたの目めの前まえに、あなたがたのためにもろもろの事ことをなされたように、試こころみと、しるしと、不思議ふしぎと、戦たたかいと、強つよい手てと、伸のばした腕うでと、大おおいなる恐おそるべき事こととをもって臨のぞみ、一ひとつの国民こくみんを他ほかの国民こくみんのうちから引ひき出だして、自分じぶんの民たみとされた神かみが、かつてあったであろうか。

申命記6:22 主しゅはわれわれの目めの前まえで、大おおきな恐おそろしいしるしと不思議ふしぎとをエジプトと、パロとその全ぜん家かとに示しめされ、

申命記7:19 すなわち、あなたが目めで見みた大おおいなる試こころみと、しるしと、不思議ふしぎと、強つよい手てと、伸のばした腕うでとを覚おぼえなさい。あなたの神かみ、主しゅはこれらをもって、あなたを導みちびき出だされたのである。またそのように、あなたの神かみ、主しゅはあなたが恐おそれているすべての民たみにされるであろう。

申命記26:8 主しゅは強つよい手てと、伸のべた腕うでと、大おおいなる恐おそるべき事ことと、しるしと、不思議ふしぎとをもって、われわれをエジプトから導みちびき出だし、

申命記28:46 これらの事ことは長ながくあなたとあなたの子孫しそんのうえにあって、しるしとなり、また不思議ふしぎとなるであろう。

申命記29:3 すなわちその大おおきな試こころみと、しるしと、大おおきな不思議ふしぎとをまのあたり見みたのである。

申命記34:11 主しゅはエジプトの地ちで彼かれをパロとそのすべての家来けらいおよびその全地ぜんちにつかわして、もろもろのしるしと不思議ふしぎを行おこなわせられた。

ヨシュア記(2か所)

ヨシュア記3:5 ヨシュアはまた民たみに言いった、「あなたがたは身みを清きよめなさい。あす、主しゅがあなたがたのうちに不思議ふしぎを行おこなわれるからである」。

ヨシュア記24:5 わたしはモーセとアロンをつかわし、またエジプトのうちに不思議ふしぎをおこなって、これに災わざわいを下くだし、その後あとあなたがたを導みちびき出だした。

士師記(3か所)

士師記6:13 ギデオンは言いった、「ああ、君きみよ、主しゅがわたしたちと共ともにおられるならば、どうしてこれらの事ことがわたしたちに臨のぞんだのでしょう。わたしたちの先祖せんぞが『主しゅはわれわれをエジプトから導みちびき上のぼられたではないか』といって、わたしたちに告つげたそのすべての不思議ふしぎなみわざはどこにありますか。今いま、主しゅはわたしたちを捨すてて、ミデアンびとの手てにわたされました」。

士師記13:18 主しゅの使つかいは彼かれに言いった、「わたしの名なは不思議ふしぎです。どうしてあなたはそれをたずねるのですか」。

士師記13:19 そこでマノアは子こやぎと素す祭まつりとをとり、岩いわの上うえでそれを主しゅにささげた。主しゅは不思議ふしぎなことをされ、マノアとその妻つまはそれを見みた。

ネヘミヤ記(1か所)

ネヘミヤ記9:10 しるしと不思議ふしぎとをあらわしてパロと、そのすべての家来けらいと、その国くにのすべての民たみを攻せめられました。彼かれらがわれわれの先祖せんぞに対たいして、ごうまんにふるまったことを知しられたからです。そしてあなたが名なをあげられたこと今日きょうのようです。

ヨブ記(2か所)

ヨブ記5:9 彼かれは大おおいなる事ことをされるかたで、測はかり知しれない、その不思議ふしぎなみわざは数かぞえがたい。

ヨブ記9:10 彼かれが大おおいなる事ことをされることは測はかりがたく、不思議ふしぎな事ことをされることは数かず知しれない。

詩篇(2か所)

詩篇135:9 エジプトよ、主しゅはおまえの中なかに、しるしと不思議ふしぎとを送おくって、パロとそのすべてのしもべとに臨のぞまれた。

詩篇139:6 このような知識ちしきはあまりに不思議ふしぎで、わたしには思おもいも及およびません。これは高たかくて達たっすることはできません。

箴言(1か所)

箴言30:18 わたしにとって不思議ふしぎにたえないことが三みっつある、いや、四よんつあって、わたしには悟さとることができない。

イザヤ書(1か所)

イザヤ書29:14 それゆえ、見みよ、わたしはこの民たみに、再ふたたび驚おどろくべきわざを行おこなう、それは不思議ふしぎな驚おどろくべきわざである。彼かれらのうちの賢かしこい人ひとの知恵ちえは滅ほろび、さとい人ひとの知識ちしきは隠かくされる」。

エレミヤ書(3か所)

エレミヤ書21:2 「バビロンの王おうネブカデレザルがわれわれを攻せめようとしているゆえ、われわれのために主しゅに尋たずねてほしい。主しゅはそのもろもろの不思議ふしぎなわざをもって、われわれを助たすけ、バビロンの王おうをわれわれから退しりぞかせられるかも知しれない」と言いわせた。その時とき、主しゅの言葉ことばがエレミヤに臨のぞんだ。

エレミヤ書32:20 あなたは、しるしと、不思議ふしぎなわざとをエジプトの地ちに行おこない、また今日きょうに至いたるまでイスラエルと全ぜん人類じんるいのうちに行おこない、そして今日きょうのように名なをあげられました。

エレミヤ書32:21 あなたは、しるしと、不思議ふしぎなわざと、強つよい手てと、伸のべた腕うでと、大おおいなる恐おそるべき事ことをもって、あなたの民みんイスラエルをエジプトの地ちから導みちびき出だし、

ヨエル書(1か所)

ヨエル書2:26 あなたがたは、じゅうぶん食たべて飽あき、あなたがたに不思議ふしぎなわざをなされたあなたがたの神かみ、主しゅのみ名なをほめたたえる。わが民みんは永遠えいえんにはずかしめられることがない。

ミカ書(1か所)

ミカ書7:15 あなたがエジプトの国くにを出でた時ときのように、わたしはもろもろの不思議ふしぎな事ことを彼かれらに示しめす。

ゼカリヤ書(1か所)

ゼカリヤ書8:6 万まん軍ぐんの主しゅは、こう仰おおせられる、『その日ひには、たとい、この民たみの残のこれる者ものの目めに、不思議ふしぎな事ことであっても、それはわたしの目めにも、不思議ふしぎな事ことであろうか』と万まん軍ぐんの主しゅは言いわれる。

マタイによる福音書(3か所)

マタイ21:15 しかし、祭司さいし長ちょう、律法りっぽう学がく者しゃたちは、イエスがなされた不思議ふしぎなわざを見み、また宮みやの庭にわで「ダビデの子こに、ホサナ」と叫さけんでいる子供こどもたちを見みて立腹りっぷくし、

マタイ21:42 イエスは彼かれらに言いわれた、「あなたがたは、聖書せいしょでまだ読よんだことがないのか、『家造いえづくりらの捨すてた石いしが隅すみのかしら石いしになった。これは主しゅがなされたことで、わたしたちの目めには不思議ふしぎに見みえる』。

マタイ27:14 しかし、総督そうとくが非常ひじょうに不思議ふしぎに思おもったほどに、イエスは何なんを言いわれても、ひと言こともお答こたえにならなかった。

マルコによる福音書(2か所)

マルコ12:11 これは主しゅがなされたことで、わたしたちの目めには不思議ふしぎに見みえる』」。

マルコ15:5 しかし、イエスはピラトが不思議ふしぎに思おもうほどに、もう何なんもお答こたえにならなかった。

ルカによる福音書(9か所)

ルカ1:21 民衆みんしゅうはザカリヤを待まっていたので、彼かれが聖せい所内しょないで暇ひまどっているのを不思議ふしぎに思おもっていた。

ルカ1:63 ザカリヤは書板しょばんを持もってこさせて、それに「その名なはヨハネ」と書かいたので、みんなの者ものは不思議ふしぎに思おもった。

ルカ2:18 人々ひとびとはみな、羊飼ひつじかいたちが話はなしてくれたことを聞きいて、不思議ふしぎに思おもった。

ルカ2:33 父ちちと母ははとは幼おさな子ごについてこのように語かたられたことを、不思議ふしぎに思おもった。

ルカ9:43 人々ひとびとはみな、神かみの偉大いだいな力ちからに非常ひじょうに驚おどろいた。みんなの者ものがイエスのしておられた数々かずかずの事ことを不思議ふしぎに思おもっていると、弟子でしたちに言いわれた、

ルカ11:14 さて、イエスが悪霊あくりょうを追おい出だしておられた。それは、おしの霊れいであった。悪霊あくりょうが出でて行いくと、おしが物ものを言いうようになったので、群衆ぐんしゅうは不思議ふしぎに思おもった。

ルカ11:38 ところが、食前しょくぜんにまず洗あらうことをなさらなかったのを見みて、そのパリサイ人にんが不思議ふしぎに思おもった。

ルカ24:12 ペテロは立たって墓はかへ走はしって行いき、かがんで中なかを見みると、亜あ麻布まふだけがそこにあったので、事ことの次第しだいを不思議ふしぎに思おもいながら帰かえって行いった。〕

ルカ24:41 彼かれらは喜よろこびのあまり、まだ信しんじられないで不思議ふしぎに思おもっていると、イエスが「ここに何なんか食物しょくもつがあるか」と言いわれた。

ヨハネによる福音書(4か所)

ヨハネ3:7 あなたがたは新あたらしく生うまれなければならないと、わたしが言いったからとて、不思議ふしぎに思おもうには及およばない。

ヨハネ4:27 そのとき、弟子でしたちが帰かえって来きて、イエスがひとりの女おんなと話はなしておられるのを見みて不思議ふしぎに思おもったが、しかし、「何なんを求もとめておられますか」とも、「何なんを彼女かのじょと話はなしておられるのですか」とも、尋たずねる者ものはひとりもなかった。

ヨハネ5:20 なぜなら、父ちちは子こを愛あいして、みずからなさることは、すべて子こにお示ししめしになるからである。そして、それよりもなお大おおきなわざを、お示ししめしになるであろう。あなたがたが、それによって不思議ふしぎに思おもうためである。

ヨハネ9:30 そこで彼かれが答こたえて言いった、「わたしの目めをあけて下くださったのに、そのかたがどこからきたか、ご存ぞんじないとは、不思議ふしぎ千万せんばんです。

使徒行伝(3か所)

使徒3:12 ペテロはこれを見みて、人々ひとびとにむかって言いった、「イスラエルの人ひとたちよ、なぜこの事ことを不思議ふしぎに思おもうのか。また、わたしたちが自分じぶんの力ちからや信心しんじんで、あの人ひとを歩あるかせたかのように、なぜわたしたちを見みつめているのか。

使徒4:13 人々ひとびとはペテロとヨハネとの大胆だいたんな話はなしぶりを見み、また同時どうじに、ふたりが無学むがくな、ただの人ひとたちであることを知しって、不思議ふしぎに思おもった。そして彼かれらがイエスと共ともにいた者ものであることを認みとめ、

使徒7:31 彼かれはこの光景こうけいを見みて不思議ふしぎに思おもい、それを見みきわめるために近寄ちかよったところ、主しゅの声こえが聞きこえてきた、

ローマ人への手紙(1か所)

ローマ15:19 しるしと不思議ふしぎとの力ちから、聖霊せいれいの力ちからによって、働はたらかせて下くださったことの外そとには、あえて何なんも語かたろうとは思おもわない。こうして、わたしはエルサレムから始はじまり、巡めぐりめぐってイルリコに至いたるまで、キリストの福音ふくいんを満みたしてきた。

コリント人への第二の手紙(1か所)

コリント第二11:15 だから、たといサタンの手下てしたどもが、義ぎの奉仕ほうし者しゃのように擬装ぎそうしたとしても、不思議ふしぎではない。彼かれらの最期さいごは、そのしわざに合あったものとなろう。

ガラテヤ人への手紙(1か所)

ガラテヤ1:6 あなたがたがこんなにも早はやく、あなたがたをキリストの恵めぐみの内うちへお招まねきになったかたから離はなれて、違ちがった福音ふくいんに落おちていくことが、わたしには不思議ふしぎでならない。

テサロニケ人への第二の手紙(1か所)

テサロニケ第二2:9 不法ふほうの者ものが来くるのは、サタンの働はたらきによるのであって、あらゆる偽いつわりの力ちからと、しるしと、不思議ふしぎと、

ヘブル人への手紙(1か所)

ヘブル2:4 さらに神かみも、しるしと不思議ふしぎとさまざまな力ちからあるわざとにより、また、御お旨むねに従したがい聖霊せいれいを各自かくじに賜たまうことによって、あかしをされたのである。

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