「マナ」とは:聖書での意味と、出てくる箇所

「マナ」とは

出エジプトの後、荒野を旅するイスラエルの民に、神が四十年の間、天から与えた食物。白く、蜜を入れたせんべいのような味がしたと記される。イエスはご自分を天から下ってきた命のパンと呼ばれた。

イスラエルの家いえはその物ものの名なをマナと呼よんだ。それはコエンドロの実じつのようで白しろく、その味あじは蜜みつを入いれたせんべいのようであった。
出エジプト16:31
わたしたちの先祖せんぞは荒野こうやでマナを食たべました。それは『天てんよりのパンを彼かれらに与あたえて食たべさせた』と書かいてあるとおりです。
ヨハネ6:31

「マナ」は口語訳の16か所(旧約12・新約4)に出てきます。日常訳第1版では19か所。

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出エジプト記(3か所)

出エジプト16:31 イスラエルの家いえはその物ものの名なをマナと呼よんだ。それはコエンドロの実じつのようで白しろく、その味あじは蜜みつを入いれたせんべいのようであった。

出エジプト16:33 そしてモーセはアロンに言いった「一ひとつのつぼを取とり、マナ一いちオメルをその中なかに入いれ、それを主しゅの前まえに置おいて、子孫しそんのためにたくわえなさい」。

出エジプト16:35 イスラエルの人々ひとびとは人ひとの住すむ地ちに着つくまで四十よんじゅう年ねんの間あいだマナを食たべた。すなわち、彼かれらはカナンの地ちの境さかいに至いたるまでマナを食たべた。

民数記(3か所)

民数記11:6 しかし、いま、われわれの精根せいこんは尽つきた。われわれの目めの前まえには、このマナのほか何なんもない」。

民数記11:7 マナは、こえんどろの実じつのようで、色いろはブドラクの色いろのようであった。

民数記11:9 夜よる、宿営しゅくえいの露ろがおりるとき、マナはそれと共ともに降ふった。

申命記(2か所)

申命記8:3 それで主しゅはあなたを苦くるしめ、あなたを飢うえさせ、あなたも知しらず、あなたの先祖せんぞたちも知しらなかったマナをもって、あなたを養やしなわれた。人ひとはパンだけでは生いきず、人ひとは主しゅの口くちから出でるすべてのことばによって生いきることをあなたに知しらせるためであった。

申命記8:16 先祖せんぞたちも知しらなかったマナを荒野あらのであなたに食たべさせられた。それはあなたを苦くるしめ、あなたを試こころみて、ついにはあなたをさいわいにするためであった。

ヨシュア記(1か所)

ヨシュア記5:12 その地ちの穀物こくもつを食たべた翌日よくじつから、マナの降ふることはやみ、イスラエルの人々ひとびとは、もはやマナを獲えなかった。その年としはカナンの地ちの産物さんぶつを食たべた。

ネヘミヤ記(1か所)

ネヘミヤ記9:20 またあなたは良よきみたまを賜たまわって彼かれらを教おしえ、あなたのマナを常つねに彼かれらの口くちに与あたえ、また水みずを彼かれらに与あたえて、かわきをとどめ、

詩篇(1か所)

詩篇78:24 彼かれらの上うえにマナを降ふらせて食たべさせ、天てんの穀物こくもつを彼かれらに与あたえられた。

雅歌(1か所)

雅歌4:8 わが花嫁はなよめよ、レバノンからわたしと一緒いっしょにきなさい、レバノンからわたしと一緒いっしょにきなさい。アマナの頂いただきを去さり、セニルおよびヘルモンの頂いただきを去さり、ししの穴あな、ひょうの山やまを去さりなさい。

ヨハネによる福音書(2か所)

ヨハネ6:31 わたしたちの先祖せんぞは荒野こうやでマナを食たべました。それは『天てんよりのパンを彼かれらに与あたえて食たべさせた』と書かいてあるとおりです」。

ヨハネ6:49 あなたがたの先祖せんぞは荒野こうやでマナを食たべたが、死しんでしまった。

ヘブル人への手紙(1か所)

ヘブル9:4 そこには金かねの香こう壇だんと全面ぜんめん金きんでおおわれた契約けいやくの箱ばことが置おかれ、その中なかにはマナのはいっている金かねのつぼと、芽めを出だしたアロンのつえと、契約けいやくの石板せきばんとが入いれてあり、

ヨハネの黙示録(1か所)

黙示録2:17 耳みみのある者ものは、御ご霊れいが諸教しょきょう会かいに言いうことを聞きくがよい。勝利しょうりを得える者ものには、隠かくされているマナを与あたえよう。また、白しろい石いしを与あたえよう。この石いしの上うえには、これを受うける者もののほかだれも知しらない新あたらしい名なが書かいてある』。

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