「よみがえる」が出てくる聖書の箇所

「よみがえる」は日常訳第1版の64か所(旧約5・新約59)に出てきます。「蘇る」も含みます。口語訳では100か所。

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詩篇(1か所)

詩篇126:4 主しゅよ、わたしたちを元もとどおりにしてください。ネゲブに川かわがよみがえるように。

イザヤ書(2か所)

イザヤ書57:10 長ながい道みちのりに、お前まえは疲つかれ果はてた。それでも「もう望のぞみはない」とは言いわなかった。自分じぶんの力ちからがよみがえるのを感かんじ、弱よわり果はてることはなかった。

イザヤ書66:14 あなたたちはそれを見みて心こころから喜よろこび、その体からだは若草わかくさのように生いき生いきとよみがえる。主しゅの御み手てはその僕しもべたちに現あらわれ、その怒いかりは敵てきに向むけられることが知しられる。

ホセア書(1か所)

ホセア書14:7 その陰かげに住すむ人々ひとびとは帰かえって来くる。彼かれらは穀物こくもつのようによみがえり、ぶどうの木きのように花はなを咲さかせる。その名なはレバノンのぶどう酒しゅのように広ひろまる。

ヨエル書(1か所)

ヨエル書2:22 野のの獣けものたちよ、恐おそれるな。荒あれ野のの牧草ぼくそう地ちは緑みどりによみがえり、木きは実みをみのらせ、いちじくもぶどうも豊ゆたかに実みのるからだ。

マタイによる福音書(2か所)

マタイ16:21 この時ときから、イエスは弟子でしたちにはっきりと伝つたえはじめた。自分じぶんはエルサレムに行いかなければならない。そこで長老ちょうろうや祭司さいし長ちょう、律法りっぽう学がく者しゃたちからひどく苦くるしめられ、殺ころされ、そして三みっ日か目めによみがえることになる、と。

マタイ17:9 一行いっこうが山やまを下おりているとき、イエスは彼かれらに命めいじた。「人ひとの子こが死者ししゃの中なかからよみがえるまでは、いま見みたことをだれにも話はなしてはいけない。」

マルコによる福音書(8か所)

マルコ8:31 それからイエスは、弟子でしたちにこう教おしえ始はじめた。人ひとの子こは多おおくの苦くるしみを受うけ、長老ちょうろうたちや祭司さいし長ちょう、律法りっぽう学がく者しゃたちに捨すてられ、殺ころされ、そして三みっ日か後ごによみがえることになっている、と。

マルコ9:9 山やまを下おりながら、イエスは彼かれらに、見みたことをだれにも話はなしてはいけないと命めいじた。人ひとの子こが死者ししゃの中なかからよみがえるときまでは、と。

マルコ9:10 彼かれらはこの言葉ことばを心こころに留とめた。そして「死者ししゃの中なかからよみがえる」とはどういうことかと、たがいに話はなし合あった。

マルコ9:31 弟子でしたちにこう教おしえていたからだ。「人ひとの子こは人々ひとびとの手てに引ひき渡わたされ、殺ころされる。そして殺ころされて三みっ日か後ごによみがえる。」

マルコ10:34 人々ひとびとは人ひとの子こをあざけり、つばを吐はきかけ、むちで打うち、そして殺ころす。しかし人ひとの子こは、三みっ日か後ごによみがえる。」

マルコ16:6 すると、その若者わかものは言いった。「おどろかなくていい。あなたたちは、十字じゅうじ架かにつけられたナザレのイエスを探さがしているのだろう。イエスはよみがえった。ここにはいない。ほら、納おさめられていた場所ばしょはここだ。」

マルコ16:9 イエスは週しゅうの初はじめの日ひの朝あさ早はやく、よみがえった。そしてまず、マグダラのマリアの前まえに姿すがたを現あらわした。かつてイエスが七ななつの悪霊あくれいを追おい出だしてあげた女性じょせいだ。

マルコ16:14 その後ご、イエスは十じゅう一いち人にんが食事しょくじをしているときに現あらわれた。そして、彼かれらが信しんじようとせず、心こころをかたくなにしていたことをきびしく責せめた。よみがえったイエスを見みた人ひとたちの言葉ことばを、信しんじなかったからだ。

ルカによる福音書(6か所)

ルカ9:8 ほかの人ひとたちは「エリヤが現あらわれたのだ」と言いいい、また別べつの人ひとたちは「昔むかしの預言よげん者しゃの一人ひとりがよみがえったのだ」と言いっていたからだ。

ルカ9:22 そしてこう言いった。「人ひとの子こは、多おおくの苦くるしみを受うけなければならない。長老ちょうろうたちや祭司さいし長ちょうたち、律法りっぽう学がく者しゃたちに退しりぞけられ、殺ころされ、そして三みっ日か目めによみがえるのだ。」

ルカ18:33 そして、むち打うたれたうえで殺ころされる。しかし三みっ日か目めによみがえる。」

ルカ24:6 その方かたはここにはいない。よみがえったのだ。まだガリラヤにいたころ、あなたたちにこう話はなしたのを思おもい出だしなさい。

ルカ24:7 『人ひとの子こは必かならず、罪深つみぶかい人ひとたちの手てに渡わたされ、十字じゅうじ架かにつけられ、三みっ日か目めによみがえる』と話はなしたでしょう。」

ルカ24:46 そしてイエスは言いった。「こう書かいてある。キリストは苦くるしみを受うけ、三みっ日か目めに死者ししゃの中なかからよみがえる。

ヨハネによる福音書(9か所)

ヨハネ2:22 だから、イエスが死者ししゃの中なかからよみがえったとき、弟子でしたちは、イエスがこう言いっていたのを思おもい出だした。そして、聖書せいしょと、イエスが語かたった言葉ことばを信しんじた。

ヨハネ5:21 父ちちが死しんだ人ひとたちをよみがえらせて命いのちを与あたえるように、子こもまた、与あたえたいと思おもう人ひとに命いのちを与あたえる。

ヨハネ5:29 善ぜんを行おこなった人々ひとびとは、いのちを受うけるためによみがえる。悪あくを行おこなった人々ひとびとは、さばきを受うけるためによみがえる。それぞれ、墓はかから出でてくるのだ。

ヨハネ6:39 わたしを送おくったかたの望のぞみは、こうだ。わたしにゆだねてくださった人ひとを、わたしがひとりも失うしなわず、終おわりの日ひによみがえらせることである。

ヨハネ6:40 わたしの父ちちが望のぞんでいるのは、こうだ。子こを見みて信しんじる人ひとがみな、永遠えいえんの命いのちを得えること。そして、わたしはその人ひとたちを終おわりの日ひによみがえらせる。」

ヨハネ6:54 わたしの肉にくを食たべ、わたしの血ちを飲のむ人ひとは、永遠えいえんの命いのちを持もっている。わたしはその人ひとを終おわりの日ひによみがえらせる。

ヨハネ11:25 イエスはマルタに言いった。「わたしはよみがえりであり、命いのちである。わたしを信しんじる人ひとは、死しんでも生いきる。

ヨハネ20:9 彼かれらは、イエスが死者ししゃの中なかからよみがえらなければならない、という聖書せいしょのことばをまだ理解りかいしていなかったのだ。

ヨハネ21:14 イエスが死しんでよみがえったあと、弟子でしたちの前まえに現あらわれたのは、これで三さん度ど目めだった。

使徒行伝(15か所)

使徒2:24 しかし神かみは、イエスを死しの苦くるしみから解とき放はなって、よみがえらせました。イエスが死しに捕とらえられたままでいるなど、あり得えないことだったからです。

使徒3:15 そして、いのちの源みなもとである方かたを殺ころしたのです。しかし神かみは、この方かたを死者ししゃの中なかからよみがえらせました。わたしたちは、そのことの証人しょうにんです。

使徒4:2 二人ふたりが人々ひとびとに教おしえ、イエスのことを通とおして、死しんだ人ひとがよみがえるのだと語かたっていたので、彼かれらはひどく腹はらを立たてていた。

使徒4:10 それなら、みなさん全員ぜんいん、そしてイスラエルのすべての人ひとに知しっておいてほしい。この人ひとが治なおって、みなさんの前まえに元気げんきに立たっているのは、ナザレのイエス・キリストの名なによるものです。あなたがたが十字じゅうじ架かにつけて殺ころし、神かみが死者ししゃの中なかからよみがえらせた、あのイエスです。

使徒4:33 使徒しとたちは大おおきな力ちからで、主しゅイエスがよみがえったことを証あかしした。そして、大おおきな恵めぐみが彼かれら全員ぜんいんの上うえにあった。

使徒5:30 わたしたちの先祖せんぞの神かみは、イエスをよみがえらせました。あなたがたが十字じゅうじ架かにかけて殺ころした、あのイエスをです。

使徒10:40 しかし神かみは、三みっ日か目めにイエスを死者ししゃの中なかからよみがえらせ、はっきりと人々ひとびとの前まえに現あらわしてくださいました。

使徒10:41 ただし、すべての人ひとにではなく、神かみがあらかじめ選えらんでおいた証人しょうにん、つまりわたしたちにです。わたしたちは、イエスが死者ししゃの中なかからよみがえったあと、一緒いっしょに食たべたり飲のんだりしました。

使徒13:30 しかし神かみは、イエスを死者ししゃの中なかからよみがえらせた。

使徒13:33 その約束やくそくを、神かみはイエスをよみがえらせることで、その子こであるわたしたちに実現じつげんしてくれた。詩編しへんの第だい二に編へんにもこう書かかかれているとおりだ。「あなたはわたしの子こ。わたしは今日きょう、あなたを生うんだ。」

使徒13:34 さらに神かみは、イエスを死者ししゃの中なかからよみがえらせ、もう二に度どと朽くち果はてることのないようにした。それについては、こう語かたられている。「わたしはあなたたちに、ダビデに約束やくそくした確たしかな祝福しゅくふくを与あたえる。」

使徒13:37 しかし、神かみがよみがえらせた方かたは、朽くち果はてることがなかった。

使徒17:3 そして聖書せいしょを解とき明あかしながら、こう説明せつめいした。「キリストは必かならず苦くるしみを受うけ、死しんでよみがえるはずでした。わたしがあなたがたに伝つたえているこのイエスこそ、そのキリストなのです。」

使徒24:21 ただ一ひとつ、彼かれらの中なかに立たってわたしが叫さけんだ、あの一言ひとことだけは別べつかもしれません。『死者ししゃがよみがえるということで、わたしは今日きょう、あなたがたの前まえで裁さばかれているのです』と。

使徒26:23 つまり、キリストは苦くるしみを受うけ、死者ししゃの中なかから最初さいしょによみがえって、この民たみにも異邦いほう人にんにも光ひかりを告つげ知しらせる、ということです。」

ローマ人への手紙(4か所)

ローマ4:24 わたしたちのためでもある。わたしたちの主しゅイエスを死者ししゃの中なかからよみがえらせた方かたを信しんじるわたしたちも、義ぎと認みとめられるのだ。

ローマ7:4 だから、わたしの兄弟きょうだい姉妹しまいたち。あなたがたも、キリストのからだをとおして、律法りっぽうに対たいして死しんだのだ。それは、あなたがたが別べつの方かた、つまり死者ししゃの中なかからよみがえった方かたのものとなるためだ。こうして、わたしたちは神かみのために実みを結むすぶのだ。

ローマ8:11 もし、イエスを死者ししゃの中なかからよみがえらせた方かたの霊れいがあなたがたの内うちに住すんでいるなら、キリスト・イエスを死者ししゃの中なかからよみがえらせた方かたは、あなたがたの内うちに住すんでいるその霊れいによって、あなたがたの死しぬべき体からだをも生いかしてくださる。

ローマ8:34 だれがわたしたちを罪つみある者ものだと決きめつけるのか。キリスト・イエスは死しんで、いや、よみがえって、今いまは神かみの右みぎにいて、わたしたちのために神かみにとりなしてくださっている。

コリント人への第一の手紙(5か所)

コリント第一15:15 それどころか、わたしたちは神かみについて偽いつわりを語かたる証人しょうにんだということになる。神かみがキリストをよみがえらせたと、神かみに反はんして証言しょうげんしたことになるからだ。もし本当ほんとうに死者ししゃがよみがえらされないのなら、神かみはキリストをよみがえらせてなどいないことになる。

コリント第一15:42 死者ししゃの復活ふっかつも、これと同おなじだ。朽くちるものとして蒔まかれ、朽くちないものとしてよみがえる。

コリント第一15:43 みじめなものとして蒔まかれ、栄光えいこうあるものとしてよみがえる。弱よわいものとして蒔まかれ、力ちからあるものとしてよみがえる。

コリント第一15:44 生うまれつきの体からだとして蒔まかれ、霊れいの体からだとしてよみがえる。生うまれつきの体からだがあるなら、霊れいの体からだもあるのだ。

コリント第一15:52 それは一瞬いっしゅんのうち、まばたきする間あいだに起おこる。最後さいごのラッパが鳴なるときのことだ。ラッパが鳴なり響ひびくと、死しんだ人ひとたちは朽くちない者ものとしてよみがえり、わたしたちも変かえられる。

コリント人への第二の手紙(2か所)

コリント第二4:14 イエスをよみがえらせた神かみが、イエスとともにわたしたちもよみがえらせ、あなたがたと一緒いっしょに御前ごぜんに立たたたせてくださる。わたしたちは、それを知しっている。

コリント第二5:15 その方かたがすべての人ひとのために死しんでくださったのは、生いきている人ひとたちが、もはや自分じぶんのためではなく、自分じぶんたちのために死しんでよみがえってくださった方かたのために生いきるようになるためだ。

エペソ人への手紙(1か所)

エペソ2:6 そして神かみは、キリスト・イエスにあって、わたしたちをキリストと共ともによみがえらせ、共ともに天てんの場所ばしょに座すわらせてくださった。

コロサイ人への手紙(1か所)

コロサイ2:12 洗礼せんれいによって、あなたがたはキリストと共ともに葬ほうむられた。そして、キリストを死者ししゃの中なかからよみがえらせた神かみの力ちからを信しんじる信仰しんこうによって、あなたがたもキリストと共ともによみがえらされたのだ。

テサロニケ人への第一の手紙(2か所)

テサロニケ第一1:10 さらに、神かみの子こが天てんから来こられるのを待まち望のぞむようになったかを、人々ひとびとは語かたっている。神かみがその子こを死者ししゃの中なかからよみがえらせたのだ。それがイエスであり、来こようとしている怒いかりからわたしたちを救すくい出だしてくださる方かたなのだ。

テサロニケ第一4:16 主しゅご自身じしんが、号令ごうれいとともに、天使てんし長ちょうの声こえとともに、神かみのラッパの響ひびきとともに、天てんから降おりて来こられる。すると、キリストを信しんじて死しんだ人ひとたちが、まず最初さいしょによみがえる。

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二2:8 イエス・キリストのことを、いつも心こころに留とめていてほしい。ダビデの子孫しそんとして生うまれ、死者ししゃの中なかからよみがえった方かただ。これがわたしの伝つたえる福音ふくいんだ。

ヘブル人への手紙(1か所)

ヘブル6:2 いろいろな洗あらいの教おしえ、手てを置おいて祈いのること、死者ししゃがよみがえること、そして永遠えいえんの裁さばきといった、土台どだいの話はなしは繰くり返かえさない。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一1:21 あなたたちは、このキリストによって神かみを信しんじている。神かみはキリストを死者ししゃの中なかからよみがえらせ、栄光えいこうをお与あたえになった。だから、あなたたちの信仰しんこうと望のぞみは神かみに向むかっている。

ヨハネの黙示録(1か所)

黙示録1:5 また、忠実ちゅうじつな証人しょうにんであり、死者ししゃの中なかから最初さいしょによみがえった方かたであり、地上ちじょうの王おうたちを治おさめる方かたであるイエス・キリストから、恵めぐみと平安へいあんがありますように。キリストはわたしたちを愛あいし、その血ちによって、わたしたちを罪つみから解とき放はなってくださった。

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