「ふける」が出てくる聖書の箇所

「ふける」は日常訳第1版の16か所(旧約8・新約8)に出てきます。「耽る」も含みます。口語訳では12か所。

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創世記(1か所)

創世記24:63 イサクは夕暮ゆうぐれ時ときに、野原のはらを歩あるいて物思ものおもいにふけっていた。ふと目めを上あげて見みると、らくだの群むれがこちらに近ちかづいてくるのが見みえた。

イザヤ書(1か所)

イザヤ書47:8 だから今いま、これを聞きけ。快楽かいらくにふけり、安心あんしんしきって座すわっているあなた。心こころの中なかでこう言いっているあなた。「わたしがいる。わたしのほかにはだれもいない。わたしが未亡人みぼうじんになることはない。子こを失ううしなうこともない」と。

エゼキエル書(1か所)

エゼキエル書23:43 わたしは、姦淫かんいんに疲つかれ果はてたその女おんなについて言いった。「今いまも彼かれらは彼女かのじょと姦淫かんいんにふけり、彼女かのじょも彼かれらと交まじわるのか。」

ホセア書(4か所)

ホセア書4:15 イスラエルよ、あなたが淫行いんこうにふけっても、ユダに罪つみを犯おかさせてはならない。ギルガルへ行いってはならない。ベテ・アベンへのぼってはならない。「主しゅは生いきておられる」と言いって誓ちかってはならない。

ホセア書4:18 彼かれらは酒さけにおぼれ、次つぎから次つぎへと不倫ふりんにふけっている。その指導しどう者しゃたちは、誉ほまれよりも恥はじを愛あいしている。

ホセア書6:10 イスラエルの家いえで、わたしはぞっとするものを見みた。そこでエフライムは淫みだらな行おこないにふけり、イスラエルは汚よごれてしまった。

ホセア書7:4 彼かれらはみな姦淫かんいんにふける者ものだ。パン職人しょくにんが熱あつく燃もやすかまどのようだ。職人しょくにんは生地きじをこねてから、それがふくらむまで、火ひをかき立たてるのをやめるだけだ。

ゼパニヤ書(1か所)

ゼパニヤ書3:7 わたしは言いった。「きっとおまえはわたしを恐おそれ、注意ちゅういを受うけ入いれるだろう。そうすれば、わたしがどれほど罰ばっしても、おまえの住すまいが絶たたたれることはない」と。それなのに彼かれらは、朝あさ早はやくから、あらゆる悪わるい行おこないにますますふけった。

コリント人への第一の手紙(1か所)

コリント第一10:7 彼かれらの中なかのある者ものたちのように、偶像ぐうぞうを拝おがむ者ものになってはいけない。こう書かかかれているとおりだ。「民たみは座すわって食たべたり飲のんだりし、立たち上あがって遊あそびにふけった。」

エペソ人への手紙(1か所)

エペソ4:19 彼かれらは何なんも感かんじなくなり、自分じぶんを放縦ほうしょうにゆだね、あくなき欲望よくぼうのままに、ありとあらゆる汚よごれた行おこないにふけっている。

コロサイ人への手紙(1か所)

コロサイ2:18 だれにも、あなたがたから賞しょうを横取よこどりさせてはならない。そういう者ものは、うわべの謙遜けんそんや天使てんし礼拝れいはいにふけり、自分じぶんが見みた幻まぼろしにこだわり、肉にくの思おもいによってむやみに思おもい上あがっている。

テモテへの第一の手紙(1か所)

テモテ第一5:6 でも、快楽かいらくにふけって生いきている未亡人みぼうじんは、生いきていても、もう死しんでいるのと同おなじだ。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一4:3 神かみを知しらない人ひとたちが好このむように生いきた時間じかんは、もう十分じゅうぶんすぎるほどだ。あなたたちはこれまで、みだらな行おこない、欲望よくぼう、酒さけにおぼれること、どんちゃん騒さわぎ、飲のみ会かい、そして許ゆるされない偶像ぐうぞう礼拝れいはいにふけってきた。

ユダの手紙(1か所)

ユダ1:7 ソドムとゴモラ、そしてその周まわりの町々まちまちも同おなじだ。彼かれらも同おなじように、みだらな行おこないにふけり、不ふ自然しぜんな欲望よくぼうを追おい求もとめた。そして今いま、永遠えいえんの火ひの罰ばつを受うけ、見みせしめとして示しめされている。

ヨハネの黙示録(2か所)

黙示録18:7 あの都みやこが自分じぶんを誇ほこり、ぜいたくにふけった分ぶんだけ、同おなじだけ苦くるしみと悲かなしみを与あたえなさい。あの都みやこは心こころの中なかでこう言いっているからだ。『わたしは女王じょおうとしてこの座ざにいる。未亡人みぼうじんではないし、悲かなしみを味あじわうことなど決けっしてない。』

黙示録18:9 あの都みやこと関係かんけいを持もち、いっしょにぜいたくにふけった地上ちじょうの王おうたちは、あの都みやこが焼やかれる煙けむりを見みて、泣なき、嘆なげき悲かなしむ。

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