「なえる」が出てくる聖書の箇所

「なえる」は日常訳第1版の9か所(旧約4・新約5)に出てきます。「萎える」も含みます。口語訳では18か所。

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民数記(1か所)

民数記11:6 でも今いまは、気力きりょくもすっかり萎なえてしまった。目めに入はいるのはこのマナばかりで、ほかには何なんもない。」

ミカ書(2か所)

ミカ書4:6 その日ひには、と主しゅは言いわれる。わたしは足あしの萎なえた者ものを集あつめ、追おい散ちらされた者ものを寄よせ集あつめる。わたしが苦くるしめた者ものたちを、集あつめる。

ミカ書4:7 わたしは足あしの萎なえた者ものを、生いき残のこる者ものとする。追おい散ちらされた者ものを、強つよい国くにとする。主しゅはシオンの山やまで、今いまから永遠えいえんに、彼かれらを治おさめられる。

ゼカリヤ書(1か所)

ゼカリヤ書11:17 羊ひつじの群むれを見捨みすてる、役やく立たたたずの羊飼ひつじかいよ、わざわいだ。剣けんが彼かれの腕うでを、その右みぎの目めを打うつ。彼かれの腕うではすっかり萎なえ、右みぎの目めは完全かんぜんに見みえなくなる。」

マルコによる福音書(2か所)

マルコ3:1 イエスはまた会堂かいどうに入はいった。そこに、片手かたての萎なえた人ひとがいた。

マルコ3:3 イエスは、その手ての萎なえた人ひとに言いった。「立たって、真まん中なかに出でてきなさい。」

ルカによる福音書(2か所)

ルカ6:6 別べつの安息あんそく日ひのこと、イエスは会堂かいどうに入はいって教おしえていた。そこに、右手みぎてのなえた人ひとがいた。

ルカ6:8 でもイエスは、彼かれらの考かんがえを見抜みぬいていた。そして、手てのなえた人ひとに言いった。「立たって、真まん中なかに出でてきなさい。」その人ひとは立たち上あがって、そこに立たった。

ヘブル人への手紙(1か所)

ヘブル12:13 そして、自分じぶんの足あしでまっすぐな道みちを歩あゆみなさい。そうすれば、なえた足あしも、道みちを踏ふみはずすことなく、むしろいやされるだろう。

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