「なえる」が出てくる聖書の箇所

「なえる」は口語訳の18か所(旧約8・新約10)に出てきます。「萎える」も含みます。日常訳第1版では9か所。

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レビ記(1か所)

レビ記21:18 すべて、その身みにきずのある者ものは近寄ちかよってはならない。すなわち、目めしい、足あしなえ、鼻はなのかけた者もの、手足てあしの不ふつりあいの者もの、

サムエル記下(2か所)

サムエル第二4:4 さてサウルの子こヨナタンに足あしのなえた子こがひとりあった。エズレルからサウルとヨナタンの事ことの知しらせがきた時とき、彼かれは五ご歳さいであった。うばが彼かれを抱いいだいて逃にげたが、急いいそいで逃にげる時とき、その子こは落おちて足あしなえとなった。その名なはメピボセテといった。

サムエル第二9:13 メピボセテはエルサレムに住すんだ。彼かれがいつも王おうの食卓しょくたくで食事しょくじをしたからである。彼かれは両足りょうあしともに、なえていた。

箴言(1か所)

箴言25:19 悩なやみに会あうとき不ふ信実しんじつな者ものを頼たのみにするのは、悪わるい歯は、またはなえた足あしを頼たのみとするようなものだ。

エゼキエル書(1か所)

エゼキエル書21:7 人ひとがあなたに向むかって、『なぜ嘆なげくのか』と言ゆうなら、『この知しらせのためである。それが来くれば人ひとの心こころはみな溶とけ、手てはみななえ、霊れいはみな弱よわり、ひざはみな水みずのようになる。見みよ、それは来くる、必かならず成就じょうじゅする』と言いえ」と主しゅなる神かみは言いわれる。

ミカ書(2か所)

ミカ書4:6 主しゅは言いわれる、その日ひには、わたしはかの足あしのなえた者ものを集あつめ、またかの追おいやられた者ものおよびわたしが苦くるしめた者ものを集あつめ、

ミカ書4:7 その足あしのなえた者ものを残のこれる民たみとし、遠とおく追おいやられた者ものを強つよい国民こくみんとする。主しゅはシオンの山やまで、今いまよりとこしえに彼かれらを治おさめられる。

マラキ書(1か所)

マラキ書1:8 あなたがたが盲目もうもくの獣けものを、犠牲ぎせいにささげるのは悪わるい事ことではないか。また足あしのなえたもの、病やめるものをささげるのは悪わるい事ことではないか。今いまこれをあなたのつかさにささげてみよ。彼かれはあなたを喜よろこび、あなたを受うけいれるであろうかと、万まん軍ぐんの主しゅは言いわれる。

マタイによる福音書(2か所)

マタイ12:10 すると、そのとき、片手かたてのなえた人ひとがいた。人々ひとびとはイエスを訴うったえようと思おもって、「安息あんそく日ひに人ひとをいやしても、さしつかえないか」と尋たずねた。

マタイ15:30 すると大おおぜいの群衆ぐんしゅうが、足あしなえ、不具ふぐ者しゃ、盲人もうじん、おし、そのほか多おおくの人々ひとびとを連つれてきて、イエスの足あしもとに置おいたので、彼かれらをおいやしになった。

マルコによる福音書(2か所)

マルコ3:1 イエスがまた会堂かいどうにはいられると、そこに片手かたてのなえた人ひとがいた。

マルコ3:3 すると、イエスは片手かたてのなえたその人ひとに、「立たって、中なかへ出でてきなさい」と言いいい、

ルカによる福音書(3か所)

ルカ6:6 また、ほかの安息あんそく日ひに会堂かいどうにはいって教おしえておられたところ、そこに右手みぎてのなえた人ひとがいた。

ルカ6:8 イエスは彼かれらの思おもっていることを知しって、その手てのなえた人ひとに、「起おきて、まん中なかに立たちなさい」と言いわれると、起おき上あがって立たった。

ルカ14:13 むしろ、宴会えんかいを催もよおす場合ばあいには、貧乏びんぼう人にん、不具ふぐ者しゃ、足あしなえ、盲人もうじんなどを招まねくがよい。

ヨハネによる福音書(1か所)

ヨハネ5:3 その廊ろうの中なかには、病人びょうにん、盲人もうじん、足あしなえ、やせ衰おとろえた者ものなどが、大おおぜいからだを横よこたえていた。〔彼かれらは水みずの動うごくのを待まっていたのである。

ヘブル人への手紙(2か所)

ヘブル12:12 それだから、あなたがたのなえた手てと、弱よわくなっているひざとを、まっすぐにしなさい。

ヘブル12:13 また、足あしのなえている者ものが踏ふみはずすことなく、むしろいやされるように、あなたがたの足あしのために、まっすぐな道みちをつくりなさい。

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