「おさまる」が出てくる聖書の箇所
「おさまる」は日常訳第1版の25か所(旧約22・新約3)に出てきます。「収まる」「治まる」も含みます。口語訳では0か所。
創世記(1か所)
創世記27:45 兄さんの怒りがおさまって、あなたがしたことを忘れるようになるまでね。そうしたら、人を送ってあなたをそこから連れ戻すから。どうして一日のうちに、あなたたち二人ともを失わなきゃいけないの」
レビ記(2か所)
レビ記14:48 しかし、家を塗り直した後で祭司が来て調べ、症状が家に広がっていなかったら、症状は治まったのだから、祭司はその家を清いと認める。
レビ記15:28 彼女の出血が治まったら、そこから七日を数える。その後で清くなる。
民数記(2か所)
民数記16:48 アロンが死んだ人々と生きている人々の間に立つと、疫病は治まった。
民数記16:50 アロンはモーセのところ、会見の天幕の入り口へ戻った。疫病はもう治まっていた。
士師記(1か所)
士師記8:3 神はミディアンの将軍オレブとゼエブを、あなたたちの手に渡してくださった。それに比べたら、わたしに何ができただろう。」こう言うと、彼に対する彼らの怒りはおさまった。
エステル記(2か所)
エステル記2:1 これらの出来事のあと、アハシュエロス王の怒りがおさまると、王はワシュティのこと、彼女がしたこと、そして彼女についてどう決められたのかを思い出した。
エステル記7:10 こうして人々は、ハマンがモルデカイのために用意した柱に、ハマン自身をつるした。すると、王の怒りはおさまった。
ヨブ記(2か所)
ヨブ記14:13 どうぞ、わたしを死者の世界に隠してください。あなたの怒りがおさまるまで、そこにかくまってほしい。そして、わたしのために時を決めて、もう一度わたしを思い出してください。
ヨブ記30:27 わたしのはらわたは煮えたぎって、少しも治まらない。苦しみの日々がわたしに襲いかかってきた。
詩篇(1か所)
詩篇78:30 彼らの欲望はまだおさまっていなかった。食べ物がまだ口の中にあるうちに、
箴言(2か所)
箴言18:18 くじを引けば争いはおさまり、力のある者同士も引き離される。
箴言21:14 こっそり贈り物を渡せば、怒りはおさまる。ふところにそっと握らせる金は、激しい怒りさえしずめる。
伝道の書(1か所)
伝道の書10:4 支配者があなたに怒りをぶつけてきても、自分の持ち場を離れてはいけない。落ち着いていれば、大きな過ちも収まるからだ。
雅歌(1か所)
雅歌5:12 その目は、水の流れのほとりにいる鳩のよう。乳で洗われ、ふさわしくおさまっている。
イザヤ書(4か所)
イザヤ書5:25 だからこそ、主の怒りはご自分の民に対して燃え上がった。主は彼らに手を伸ばして打たれた。山々は震え、彼らの死体はちまたの真ん中でごみのように転がった。それでもなお、主の怒りはおさまらず、その手はまだ伸ばされたままだ。
イザヤ書9:21 マナセはエフライムを、エフライムはマナセを食い合い、二つはそろってユダに襲いかかる。それでも主の怒りはおさまらず、なおもその手は伸ばされたままだ。
イザヤ書10:4 捕らわれた者たちの下にうずくまるか、殺された者たちの中に倒れるしかない。それでも主の怒りはおさまらず、なおもその手は伸ばされたままだ。
イザヤ書12:1 その日、あなたはこう言う。「主よ、あなたに感謝します。あなたはわたしに怒っていましたが、その怒りはおさまり、あなたはわたしを慰めてくださいました。
エレミヤ書(2か所)
エレミヤ書23:20 主の怒りは、思いのすべてをやり遂げ、成し遂げるまで、収まることはない。あなたたちは終わりの日に、はっきりとそれを悟るだろう。
エレミヤ書47:6 ああ、主の剣よ。おまえはいつになったら静まるのか。さやに収まれ。休んで、じっとしていろ。
ゼカリヤ書(1か所)
ゼカリヤ書10:10 わたしは彼らをエジプトの地から連れ戻し、アッシリアから集める。ギレアドとレバノンの地に連れて行くが、そこに収まりきらないほどになる。
ルカによる福音書(1か所)
ルカ8:24 弟子たちは近づいてイエスを起こし、「先生、先生、おぼれてしまいます」と言った。イエスは起き上がって、風と荒れる水をしかりつけた。すると風も波もおさまり、すっかり静かになった。
ヨハネによる福音書(1か所)
ヨハネ21:25 イエスがなさったことは、このほかにもたくさんある。もしそれをいちいち書いていったら、書かれた本はこの世界にも収まりきらないだろう。わたしはそう思う。
使徒行伝(1か所)
使徒20:1 騒ぎがおさまると、パウロは弟子たちを呼び集めて励まし、別れのあいさつをして、マケドニアへ向けて出発した。