「うめく」が出てくる聖書の箇所
「うめく」は日常訳第1版の25か所(旧約21・新約4)に出てきます。「呻く」も含みます。口語訳では14か所。
出エジプト記(1か所)
出エジプト2:23 それから長い年月がたち、エジプトの王が死んだ。イスラエルの人々は重労働にうめき、助けを求めて叫んだ。その叫びは、労働の苦しみの中から神のもとへと立ちのぼった。
詩篇(6か所)
詩篇12:5 「苦しむ人たちが踏みにじられ、貧しい人たちがうめいている。『今こそ、わたしは立ち上がる』と主は言われる。『わたしは彼らを、待ち望んでいた安全な場所に置く。』」
詩篇32:3 わたしが黙っていたときは、一日じゅう苦しみうめいて、骨まで衰えてしまった。
詩篇38:8 わたしは疲れ果て、打ちのめされている。心の激しいうめきのために、わたしはうめき叫ぶ。
詩篇55:2 わたしに心を向けて、答えてほしい。わたしは嘆きのなかで落ち着かず、うめきつづけている。
詩篇55:17 夕べも、朝も、真昼も、わたしは嘆き、うめく。すると、神はわたしの声を聞いてくださる。
詩篇77:3 神のことを思い出すと、わたしはうめいてしまう。あれこれ考えると、心が弱り果てていく。セラ
箴言(1か所)
箴言5:11 そして人生の終わりに、あなたはうめくことになる。体も肉も衰え果てたそのときに。
イザヤ書(1か所)
イザヤ書38:14 わたしは、つばめや鶴のように鳴き、鳩のようにうめいた。天を見上げて、わたしの目は弱りきった。主よ、わたしは苦しめられています。どうか、わたしの保証人となってください。
エレミヤ書(2か所)
エレミヤ書22:23 レバノンに住み、杉の木々に巣を作る者よ。産みの苦しみのような激しい痛みがお前を襲うとき、お前はどんなにうめくことか。
エレミヤ書51:52 だから見よ、その日が来る、と主は言われる。わたしはバビロンの偶像を罰する。その国じゅうで、傷ついた者たちがうめく。
哀歌(2か所)
哀歌1:11 民はみなうめきながら、パンを求めてさまよっている。命をつなぐために、宝物を差し出して食べ物に換えた。「主よ、見てください。よく見てください。わたしはこんなに見下される者になってしまいました。」
哀歌1:21 人々は、わたしがうめいているのを聞いています。でも、慰めてくれる人は誰もいません。敵はみな、わたしの災いを聞いて喜んでいます。あなたがこれをなさったからです。あなたが告げたその日を、どうか来させてください。そうすれば、彼らもわたしと同じようになるでしょう。
エゼキエル書(6か所)
エゼキエル書7:16 逃げのびる者は逃げのびて、山々へ行く。谷の鳩のように、みなが自分の罪のためにうめく。
エゼキエル書21:6 人の子よ、お前はうめけ。腰が砕けるほど、激しい苦しみのなかで、人々の目の前でうめくんだ。
エゼキエル書21:7 そして人々が『どうしてうめいているのか』とお前に聞いたら、こう答えろ。『一つの知らせのためだ。それがやって来る。すべての心はくずおれ、すべての手は力を失い、すべての気力はうせ、すべてのひざは水のように崩れる。見ろ、それはやって来る。必ずそうなる』と、主なる神は言われる。」
エゼキエル書24:17 声を出さずに、ただ静かにうめけ。死んだ者のために喪に服してはならない。頭には飾りの布を巻き、足には靴をはけ。口ひげを覆ってはならない。弔いのパンを食べてはならない。」
エゼキエル書24:23 頭には飾りの布を巻き、足には靴をはいたままにする。嘆くことも泣くこともなく、自分の罪の中で衰え果て、互いにうめき合う。
エゼキエル書26:15 主なる神はティルスにこう言われる。お前が倒れる音で、傷ついた者がうめき、お前の中で虐殺が起こるとき、島々は震えないだろうか。
ヨエル書(1か所)
ヨエル書1:18 家畜たちはなんとうめいていることか。牛の群れは、草を食べる場所がなくて途方に暮れ、羊の群れまで苦しんでいる。
マラキ書(1か所)
マラキ書2:13 あなたたちは、もう一つこんなこともしている。主の祭壇を涙で覆い、泣き、うめいている。主がもう、あなたたちのささげ物に目を向けず、あなたたちの手から喜んで受け取ってくださらないからだ。
ローマ人への手紙(2か所)
ローマ8:22 被造物のすべてが、今この時まで、いっしょにうめき、いっしょに産みの苦しみを味わっている。わたしたちはそのことを知っている。
ローマ8:23 それだけではない。聖霊という最初の贈り物を受けているわたしたち自身も、心の中でうめきながら、神の子とされること、つまりこの体が買い戻されて自由になることを待ち望んでいる。
コリント人への第二の手紙(2か所)
コリント第二5:2 わたしたちは、この体の中でうめきながら、天から与えられる住まいを上から着せてもらうことを、切に願っている。
コリント第二5:4 この幕屋のような体の中にいるわたしたちは、重荷を負ってうめいている。今の体を脱ぎ捨てたいからではなく、その上に天の住まいを着たいからだ。そうして、死ぬべきものが、いのちにのみ込まれるためだ。