聖書の「動じない心」について

バプテスマのヨハネの質素な生活、自分を捨てる教え、からだを服従させることなど、禁欲に通じる聖句です。

関連する聖句22箇所。分類はネーヴ『トピカル・バイブル』(1896年、英語原題 STOICISM)によります。日本語の見出しと説明は当サイトによる訳で、聖書本文ではありません(未校閲)。

聖書に見る類例

らくだの毛ごろもを着ていなごと野蜜を食べたヨハネ

マタイ3:4

マタイ3:4 このヨハネは、らくだの毛けごろもを着物きものにし、腰こしに皮かわの帯おびをしめ、いなごと野の蜜みつとを食物しょくもつとしていた。

「食べることも、飲むこともしない」ヨハネ

マタイ11:18、ルカ7:33

マタイ11:18 なぜなら、ヨハネがきて、食たべることも、飲のむこともしないと、あれは悪霊あくりょうにつかれているのだ、と言いいい、

イエスは自分を捨て十字架を負うことを求める

マタイ10:38、マタイ10:39、マタイ16:24、マルコ8:34、マルコ8:35、ルカ9:23-26、ルカ14:27

マタイ10:38 また自分じぶんの十字じゅうじ架かをとってわたしに従したがってこない者ものはわたしにふさわしくない。

肉親の愛情を二の次にする

マタイ10:37、ルカ14:26

マタイ10:37 わたしよりも父ちちまたは母ははを愛あいする者ものは、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘むすめを愛あいする者ものは、わたしにふさわしくない。

パウロの教え

「心の法則」と「肢体の律法」との戦い

ローマ7:23

ローマ7:23 わたしの肢体したいには別べつの律法りっぽうがあって、わたしの心こころの法則ほうそくに対たいして戦たたかいをいどみ、そして、肢体したいに存在そんざいする罪つみの法則ほうそくの中なかに、わたしをとりこにしているのを見みる。

からだを打ちたたいて服従させる

コリント第一9:27

コリント第一9:27 すなわち、自分じぶんのからだを打うちたたいて服従ふくじゅうさせるのである。そうしないと、ほかの人ひとに宣のべ伝つたえておきながら、自分じぶんは失格しっかく者しゃになるかも知しれない。

独身

コリント第一7:1-9、コリント第一7:25、コリント第一7:26、コリント第一7:32、コリント第一7:33、コリント第一7:39、コリント第一7:40

コリント第一7:1-9 さて、あなたがたが書かいてよこした事ことについて答こたえると、男子だんしは婦人ふじんにふれないがよい。 …

アテネのストア派

使徒17:18

使徒17:18 また、エピクロス派はやストア派はの哲学てつがく者しゃ数すう人にんも、パウロと議論ぎろんを戦たたかわせていたが、その中なかのある者ものたちが言いった、「このおしゃべりは、いったい、何なんを言いおうとしているのか」。また、ほかの者ものたちは、「あれは、異国いこくの神々かみがみを伝つたえようとしているらしい」と言いった。パウロが、イエスと復活ふっかつとを、宣のべ伝つたえていたからであった。

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