「議論」(ぎろん)が出てくる聖書の箇所
「議論」(ぎろん)は日常訳第1版の19か所(旧約4・新約15)に出てきます。口語訳では8か所。
ヨブ記(4か所)
ヨブ記6:25 正しい言葉には、なんと力があることか。でも、あなたたちの議論は何を証明するのだろう。
ヨブ記9:14 どうしてわたしが神に言い返し、言葉を選んで議論などできるだろうか。
ヨブ記15:3 議論は無益な言葉でするものだろうか。役に立たない言葉で何かの役に立つだろうか。
ヨブ記32:14 彼はわたしに向かって議論をしかけたわけではない。だから、わたしはあなたたちの言葉で彼に言い返すつもりはない。
マルコによる福音書(2か所)
マルコ8:11 すると、ファリサイ派の人々がやって来て、イエスと議論を始めた。天からのしるしを求めて、イエスを試そうとしたのだ。
マルコ12:28 律法学者の一人が近づいてきた。彼らが議論しているのを聞き、イエスがうまく答えたのを見て、こう尋ねた。「すべての掟の中で、どれが一番大切なのですか。」
ルカによる福音書(1か所)
ルカ9:46 さて、弟子たちの間で、誰が一番偉いのかという議論が起こった。
ヨハネによる福音書(1か所)
ヨハネ3:25 そのころ、ヨハネの弟子たちとひとりのユダヤ人との間で、清めのことをめぐって議論が起こった。
使徒行伝(4か所)
使徒6:9 ところが、「解放された奴隷たちの会堂」と呼ばれる会堂に属する人たちや、キレネやアレクサンドリア出身の人たち、それにキリキアやアジア州から来た人たちの中から、何人かが立ち上がってステファノと議論を始めた。
使徒9:29 そして、ギリシア語を話すユダヤ人たちとも語り合い、議論した。でも彼らはサウロを殺そうとねらった。
使徒15:7 議論が長く続いたあと、ペトロが立ち上がって、みんなに言った。「兄弟のみなさん、ご存じのとおり、神はずっと前に、あなたがたの中からわたしを選ばれました。わたしの口を通して、外国の人たちが福音の言葉を聞いて信じるようにするためです。
使徒17:18 エピクロス派やストア派の哲学者たちも何人か、パウロと議論を始めた。ある者は「このおしゃべりは、いったい何を言おうとしているのか」と言い、別の者は「どうやら、よその神々を宣伝しているらしい」と言った。パウロがイエスと復活のことを伝えていたからである。
ローマ人への手紙(1か所)
ローマ14:1 信仰の弱い人を受け入れなさい。その人の考え方をめぐって議論をふっかけるためではない。
テモテへの第一の手紙(4か所)
テモテ第一1:4 作り話や、どこまでも続く系図に夢中にならないよう注意してください。そういうものは、議論を引き起こすだけで、信仰によって進められる神の計画には役立たないのです。
テモテ第一1:6 ところが、ある人たちはこれを見失い、わき道にそれて、中身のない議論に走ってしまいました。
テモテ第一6:4 その人は思い上がっていて、何もわかっていない。議論や言葉の争いに病的にのめり込んでいる。そこから、ねたみ、争い、悪口、悪意ある疑いが生まれ、
テモテ第一6:20 テモテよ、あなたにゆだねられたものを大切に守りなさい。俗っぽい無駄な議論や、まちがって「知識」と呼ばれているものからの反論を避けなさい。
テモテへの第二の手紙(1か所)
テモテ第二2:16 俗っぽくむなしい議論は避けなさい。そういうものは、人をますます神から遠ざけていくからだ。
テトスへの手紙(1か所)
テトス3:9 でも、くだらない議論や、延々と続く先祖の話、律法をめぐる言い争いや争いには関わってはいけない。そういうものは何の役にも立たないし、むなしいだけだ。