「語り合う」(かたりあう)が出てくる聖書の箇所

「語り合う」(かたりあう)は口語訳の17か所(旧約1・新約16)に出てきます。「語りあう」も含みます。日常訳第1版では22か所。

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エゼキエル書(1か所)

エゼキエル書33:30 人ひとの子こよ、あなたの民たみの人々ひとびとは、かきのかたわら、家いえの入口いりぐちで、あなたの事ことを論ろんじ、たがいに語かたりあって言ゆう、『さあ、われわれは、どんな言葉ことばが主しゅから出でるかを聞きこう』と。

マタイによる福音書(1か所)

マタイ17:3 すると、見みよ、モーセとエリヤが彼かれらに現あらわれて、イエスと語かたり合あっていた。

マルコによる福音書(1か所)

マルコ9:4 すると、エリヤがモーセと共ともに彼かれらに現あらわれて、イエスと語かたり合あっていた。

ルカによる福音書(7か所)

ルカ1:66 聞きく者ものたちは皆みなそれを心こころに留とめて、「この子こは、いったい、どんな者ものになるだろう」と語かたり合あった。主しゅのみ手てが彼かれと共ともにあった。

ルカ2:15 御ご使したちが彼かれらを離はなれて天てんに帰かえったとき、羊飼ひつじかいたちは「さあ、ベツレヘムへ行いって、主しゅがお知しらせ下くださったその出来事できごとを見みてこようではないか」と、互たがいに語かたり合あった。

ルカ4:36 みんなの者ものは驚おどろいて、互たがいに語かたり合あって言いった、「これは、いったい、なんという言葉ことばだろう。権威けんいと力ちからとをもって汚よごれた霊れいに命めいじられると、彼かれらは出でて行いくのだ」。

ルカ9:30 すると見みよ、ふたりの人ひとがイエスと語かたり合あっていた。それはモーセとエリヤであったが、

ルカ24:14 このいっさいの出来事できごとについて互たがいに語かたり合あっていた。

ルカ24:15 語かたり合あい論ろんじ合あっていると、イエスご自身じしんが近ちかづいてきて、彼かれらと一緒いっしょに歩あるいて行いかれた。

ルカ24:17 イエスは彼かれらに言いわれた、「歩あるきながら互たがいに語かたり合あっているその話はなしは、なんのことなのか」。彼かれらは悲かなしそうな顔かおをして立たちどまった。

使徒行伝(6か所)

使徒9:29 ギリシヤ語ごを使つかうユダヤ人にんたちとしばしば語かたり合あい、また論ろんじ合あった。しかし、彼かれらは彼かれを殺ころそうとねらっていた。

使徒20:7 週しゅうの初はじめの日ひに、わたしたちがパンをさくために集あつまった時とき、パウロは翌日よくじつ出発しゅっぱつすることにしていたので、しきりに人々ひとびとと語かたり合あい、夜中よなかまで語かたりつづけた。

使徒20:11 そして、また上あがって行いって、パンをさいて食たべてから、明あけがたまで長ながいあいだ人々ひとびとと語かたり合あって、ついに出発しゅっぱつした。

使徒24:26 彼かれは、それと同時どうじに、パウロから金かねをもらいたい下したごころがあったので、たびたびパウロを呼よび出だしては語かたり合あった。

使徒26:31 退場たいじょうしてから、互たがいに語かたり合あって言いった、「あの人ひとは、死しや投獄とうごくに当あたるようなことをしてはいない」。

使徒28:20 こういうわけで、あなたがたに会あって語かたり合あいたいと願ねがっていた。事実じじつ、わたしは、イスラエルのいだいている希望きぼうのゆえに、この鎖くさりにつながれているのである」。

エペソ人への手紙(1か所)

エペソ5:19 詩しとさんびと霊れいの歌うたとをもって語かたり合あい、主しゅにむかって心こころからさんびの歌うたをうたいなさい。

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