「言い合う」(いいあう)が出てくる聖書の箇所

「言い合う」(いいあう)は日常訳第1版の36か所(旧約10・新約26)に出てきます。口語訳では7か所。

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出エジプト記(1か所)

出エジプト16:15 イスラエルの人々ひとびとはそれを見みて、「これは何なんだろう」と互たがいに言い合っいいあった。それが何なんなのか分わからなかったからだ。モーセは彼かれらに言いった。「これは、主しゅがあなたたちに食たべ物ものとして与あたえてくださったパンだ。」

民数記(1か所)

民数記14:4 そして、たがいに言い合っいいあった。「リーダーを立たてて、エジプトに帰かえろう。」

ヨシュア記(1か所)

ヨシュア記22:26 だから、わたしたちは言い合っいいあったのだ。『さあ、自分じぶんたちのために祭壇さいだんを築きずこう。焼やき尽つくすささげ物もののためでも、いけにえのためでもない。

士師記(3か所)

士師記6:29 人々ひとびとは互たがいに言い合っいいあった。「いったいだれがこんなことをしたんだ。」そして調しらべて問といただすと、こう分わかった。「ヨアシュの子こギデオンがやったのだ。」

士師記10:18 ギレアドの人々ひとびと、その指導しどう者しゃたちは、互たがいに言い合っいいあった。「アンモン人にんとの戦たたかいを始はじめる者ものはだれか。その人ひとが、ギレアドに住すむすべての人ひとの頭あたまになるのだ。」

士師記15:6 ペリシテ人びとたちは「だれがこんなことをしたんだ」と言い合っいいあった。そして「ティムナ人にんの婿むこのサムソンだ。妻つまを取とり上あげられ、友ともだちにやられたからだ」とわかった。すると、ペリシテ人びとたちは押おしかけて、その女おんなとその父ちちを火ひで焼やき殺ころした。

サムエル記上(1か所)

サムエル第一10:11 以前いぜんから彼かれを知しっていた人ひとたちはみな、彼かれが預言よげん者しゃたちと一緒いっしょに預言よげんを語かたっているのを見みた。人々ひとびとは互たがいに言い合っいいあった。「キシュの息子むすこにいったい何なんが起おきたんだ。サウルも預言よげん者しゃの仲間なかまなのか。」

列王紀下(1か所)

列王紀下7:3 さて、門もんの入いり口ぐちに、重おもい皮膚ひふ病びょうを患わずらう四よん人にんの男おとこがいた。彼かれらは互たがいに言い合っいいあった。「どうしてわたしたちは、死しぬまでここに座すわっているのだろう。

エステル記(1か所)

エステル記1:17 王妃おうひのこの振ふる舞まいは、やがてすべての女性じょせいの耳みみに入はいるでしょう。そうなれば、女性じょせいたちは自分じぶんの夫おっとを見下みくだすようになります。『アハシュエロス王おうが王妃おうひワシュティを呼よび寄よせたのに、彼女かのじょは来こなかった』と言い合っいいあってです。

エゼキエル書(1か所)

エゼキエル書33:30 人ひとの子こよ、あなたの民たみは、壁かべのそばや家かの戸口とぐちであなたのうわさをしている。互たがいにこう言い合っいいあっている。『さあ、行いって、主しゅから出でた言葉ことばがどんなものか聞きいてみよう』と。

マタイによる福音書(3か所)

マタイ12:23 群衆ぐんしゅうはみな驚おどろいて、「もしかして、この人ひとがダビデの子こなのだろうか」と言い合っいいあった。

マタイ16:8 イエスはそれに気きづいて言いった。「信仰しんこうの薄うすい人ひとたちだね。どうして『パンがないからだ』なんて、みんなで言い合っいいあっているのか。

マタイ21:38 農夫のうふたちは、その息子むすこを見みてこう言い合っいいあった。「あれは跡取あととりだ。さあ、殺ころして、あいつの財産ざいさんを奪うばおう」

マルコによる福音書(8か所)

マルコ1:27 みんなは驚おどろいて、こう言い合っいいあった。「これはどういうことだ。権威けんいのある新あたらしい教おしえだ。あの人ひとが命令めいれいすると、汚よごれた霊れいさえ言いうことを聞きくなんて。」

マルコ4:41 弟子でしたちはひどくおびえて、互たがいに言い合っいいあった。「いったいこの方かたはどなたなんだ。風かぜも湖みずうみも、言いうことを聞きくとは。」

マルコ9:14 さて、イエスたちが弟子でしたちのところへ戻もどると、大勢おおぜいの人ひとが弟子でしたちを取とり囲かこんでいた。そして律法りっぽう学がく者しゃたちが弟子でしたちと言い合っいいあっていた。

マルコ9:16 イエスは彼かれらにたずねた。「何なんを言い合っいいあっているのか。」

マルコ9:33 彼かれらはカファルナウムに来きた。家いえに入はいってから、イエスは弟子でしたちに尋たずねた。「道みちで何なんを言い合っいいあっていたのか。」

マルコ10:26 弟子でしたちはますます驚おどろいて、互たがいに言い合っいいあった。「それなら、いったい誰だれが救すくわれるんだ。」

マルコ14:4 すると、その場ばにいた何なん人にんかが腹はらを立たてて、こう言い合っいいあった。「どうして香油こうゆをこんなにむだにするのか。

マルコ15:31 同おなじように、祭司さいし長ちょうたちも律法りっぽう学がく者しゃたちといっしょにイエスをからかって、こう言い合っいいあった。「他人たにんは救すくったのに、自分じぶんは救すくえないのか。

ルカによる福音書(4か所)

ルカ1:66 聞きいた人ひとたちはみんな、それを心こころに留とめて、「この子こはいったいどんな人ひとになるのだろう」と言い合っいいあった。事実じじつ、主しゅの手てがこの子ことともにあったのだ。

ルカ4:36 人々ひとびとはみな驚おどろき、たがいに言い合っいいあった。「今いまの言葉ことばは何なんなんだ。イエスは権威けんいと力ちからで汚よごれた霊れいたちに命令めいれいする。すると霊れいたちは出でて行いくのだ。」

ルカ8:25 そしてイエスは弟子でしたちに言いった。「あなたたちの信仰しんこうはどこにあるのか。」彼かれらは恐おそれ、驚おどろいて、互たがいに言い合っいいあった。「いったいこの方かたはどなたなのだろう。風かぜにも水みずにも命めいじると、風かぜも水みずも従したがうなんて。」

ルカ20:5 すると彼かれらは、こう言い合っいいあった。「もし『天てんから』と言いえば、『では、どうして彼かれを信しんじなかったのか』と言いわれる。

ヨハネによる福音書(6か所)

ヨハネ4:33 弟子でしたちは互たがいに言い合っいいあった。「だれかが食たべ物ものを持もってきたのだろうか。」

ヨハネ6:43 イエスは彼かれらに答こたえた。「そんなふうに不平ふへいを言い合ういいあうのはやめなさい。

ヨハネ6:52 ユダヤ人じんたちは激はげしく言い合っいいあった。「どうやってこの人ひとは、自分じぶんの肉にくを食たべさせることができるんだ」

ヨハネ10:41 多おおくの人ひとがイエスのところにやってきて、こう言い合っいいあった。「ヨハネは一ひとつもしるしを行おこなわなかった。でも、ヨハネがこの人ひとについて言いったことは、全部ぜんぶ本当ほんとうだった」

ヨハネ11:56 人々ひとびとはイエスを捜さがしながら、神殿しんでんの境内けいだいに立たって互たがいに言い合っいいあった。「どう思おもう?あの人ひとは祭まつりには来こないんじゃないか」

ヨハネ16:17 そこで弟子でしたちのうちの何なん人にんかが、たがいに言い合っいいあった。「イエスがわたしたちに言いっている、あの言葉ことばはどういう意味いみなんだろう。『もうしばらくすると、あなたたちはわたしを見みなくなる。でも、またしばらくするとわたしに会あえる』とか、『わたしは父ちちのところへ行いく』とか」

使徒行伝(4か所)

使徒2:7 人々ひとびとは驚おどろき、不思議ふしぎに思おもって言い合っいいあった。「見みなさい、話はなしているこの人ひとたちは、みんなガリラヤの出身しゅっしんではないか。

使徒2:12 人々ひとびとはみな驚おどろき、とまどって、互たがいに言い合っいいあった。「これはいったい、どういうことなのだろう。」

使徒28:4 島しまの人々ひとびとは、まむしが彼かれの手てにぶら下さがっているのを見みて、互たがいに言い合っいいあった。「この人ひとはきっと人殺ひとごろしだ。海うみからは助たすかったのに、正義せいぎの女神めがみが生いかしてはおかないのだ。」

使徒28:29 パウロがこう話はなし終おえると、ユダヤ人じんたちは、激はげしく言い合いいいあいながら帰かえって行いった。

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ5:9 兄弟きょうだい姉妹しまいよ、たがいに不平ふへいを言い合っいいあってはいけない。あなたたちが裁さばかれないためだ。見みなさい。裁さばく方かたは、もう戸口とぐちの前まえに立たっておられる。

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