「見舞う」(みまう)が出てくる聖書の箇所
「見舞う」(みまう)は日常訳第1版の10か所(旧約8・新約2)に出てきます。「みまう」も含みます。口語訳では18か所。
列王紀下(3か所)
列王紀下4:38 エリシャはギルガルに戻った。そのころ、その地はききんに見舞われていた。預言者の仲間たちがエリシャの前に座っていた。エリシャは召使いに言った。「大きな鍋をかけて、この仲間たちのために煮物を作りなさい。」
列王紀下8:29 ヨラム王は、アラムの王ハザエルと戦ったときにアラム軍からラマで受けた傷を治すため、イズレエルへ戻った。ユダの王ヨラムの子アハズヤは、病気になっていたアハブの子ヨラムを見舞うために、イズレエルへ下って行った。
列王紀下9:16 そしてイエフは戦車に乗り、イズレエルへ向かった。ヨラムがそこで床に伏していたからだ。ユダの王アハズヤも、ヨラムを見舞うために下って来ていた。
歴代志下(1か所)
歴代志下22:6 ヨラムは、アラムの王ハザエルと戦ったとき、ラマで受けた傷をいやすためにイズレエルへ引き返した。ユダの王ヨラムの子アハズヤは、アハブの子ヨラムが病にかかっていたので、彼を見舞おうとイズレエルへ下って行った。
ヨブ記(1か所)
ヨブ記2:11 ヨブの三人の友人は、ヨブに降りかかったこの災難のことをすべて聞きつけた。そして、それぞれ自分の住む所からやって来た。テマン人エリファズ、シュア人ビルダデ、ナアマ人ツォファルである。彼らは示し合わせて、いっしょにヨブを見舞い、慰めようとやって来たのだ。
箴言(1か所)
箴言19:23 主を恐れることは、命へと導く。それを持つ人は満ち足りて休み、災いに見舞われることがない。
エレミヤ書(1か所)
エレミヤ書2:3 イスラエルは主にとって聖なるもの、主の収穫の初穂だった。これを食い荒らす者はみな罪に問われ、災いに見舞われる、と主は言われる。」
エゼキエル書(1か所)
エゼキエル書35:5 お前はずっと昔からイスラエルを憎み、彼らが災いに見舞われ、罪の裁きが終わりを迎えたそのとき、彼らを剣の力に引き渡した。
ルカによる福音書(1か所)
ルカ4:25 でも、ほんとうのことを言おう。エリヤの時代、イスラエルにはたくさんのやもめがいた。そのころ空が閉じて三年六か月も雨が降らず、国じゅうがひどい飢えに見舞われた。
使徒行伝(1か所)
使徒11:28 その中の一人、アガボという人が立ち上がり、聖霊に示されて、世界中がひどい飢きんに見舞われると告げた。これは、クラウディウス帝の時代に実際に起こった。