「見のがす」(みのがす)が出てくる聖書の箇所
「見のがす」(みのがす)は日常訳第1版の15か所(旧約11・新約4)に出てきます。「見逃す」も含みます。口語訳では4か所。
創世記(2か所)
創世記18:24 たとえその町に正しい人が五十人いたとしても、あなたはそこを滅ぼし、その五十人の正しい人のために町を見逃すことはなさらないのですか。
創世記18:26 主は言われた。「もしソドムの町の中に正しい人が五十人見つかったら、その人たちのために町全体を見逃そう。」
出エジプト記(1か所)
出エジプト23:21 その使いに気をつけ、その声に聞き従いなさい。逆らってはならない。彼はあなたたちの背きを見のがさないからだ。わたしの名が彼のうちにあるからだ。
ヨシュア記(1か所)
ヨシュア記24:19 ヨシュアは民に言った。「あなたたちには、主に仕えることはできない。主は聖なる神だからだ。ねたむ神であり、あなたたちの背きや罪を見のがしてはくださらない。
列王紀下(1か所)
列王紀下5:20 ところが、神の人エリシャの若い従者ゲハジは、こう思った。「ご主人さまは、あのアラム人ナアマンが持ってきた物を受け取らずに、彼を見逃してしまった。主は生きておられる。わたしは彼を追いかけて、何か受け取ってこよう。」
ヨブ記(1か所)
ヨブ記11:11 彼は偽りの人間を見抜いておられる。悪を見のがすことは決してない。
箴言(2か所)
箴言17:9 過ちを見逃してあげる人は、愛を育てる。でも、そのことを蒸し返す者は、親しい友を引き裂く。
箴言19:11 分別のある人は、怒りをおさえる。人の過ちを見のがすことが、その人の誇りだ。
アモス書(2か所)
アモス書7:8 主はわたしに言われた。「アモスよ、何が見えるか。」わたしは答えた。「下げ振りです。」すると主は言われた。「見よ、わたしは、わたしの民イスラエルの真ん中に下げ振りを下ろす。もう二度と、彼らを見逃すことはしない。
アモス書8:2 主は言った。「アモス、何が見えるか。」わたしは答えた。「熟した果物のかごです。」すると主はわたしに言った。「わたしの民イスラエルに、終わりが来た。もう二度と、彼らを見逃すことはしない。」
ナホム書(1か所)
ナホム書1:3 主は怒るのに時間をかけ、大きな力を持つ方。それでも、罪ある者を決して見のがさない。主の通り道はつむじ風と嵐の中にあり、雲はその足がまき上げる砂ぼこりだ。
ローマ人への手紙(2か所)
ローマ3:25 神はこのキリストを、その血によって罪を償ういけにえとして立て、それを信じる信仰によって受け取れるようにされた。それは、これまで人が犯してきた罪を見逃してこられたことについて、ご自身の義を示すためだった。
ローマ3:26 神はこれまで忍耐して罪を見逃してこられた。そして今この時に、ご自分の義を示された。それは、神ご自身が正しくあり、同時にイエスを信じる者を義と認める方であるためだ。
ペテロの第二の手紙(2か所)
ペテロ第二2:4 神は、罪を犯した天使たちさえ見逃さなかった。それどころか、彼らを暗い穴に落とし、鎖につないで、さばきの時まで閉じ込めておかれた。
ペテロ第二2:5 神は、大昔の世界も見逃さなかった。神を無視する人々の世界に洪水を起こしたのだ。でも、正しさを人々に語り伝えていたノアは、ほかの七人とともに守られた。