「耐える」(たえる)が出てくる聖書の箇所
「耐える」(たえる)は口語訳の38か所(旧約19・新約19)に出てきます。「堪える」も含みます。日常訳第1版では50か所。
出エジプト記(1か所)
出エジプト18:23 あなたが、もしこの事を行い、神もまたあなたに命じられるならば、あなたは耐えることができ、この民もまた、みな安んじてその所に帰ることができよう」。
民数記(1か所)
民数記31:23 すべて火に耐える物は火の中を通さなければならない。そうすれば清くなるであろう。なおその上、汚れを清める水で、清めなければならない。しかし、すべて火に耐えないものは水の中を通さなければならない。
ヨシュア記(1か所)
ヨシュア記14:11 今もなお、モーセがわたしをつかわした日のように、健やかです。わたしの今の力は、あの時の力に劣らず、どんな働きにも、戦いにも堪えることができます。
サムエル記下(1か所)
サムエル第二1:9 彼はまたわたしに言いました、『そばにきて殺してください。わたしは苦しみに耐えない。まだ命があるからです』。
列王紀上(1か所)
列王紀上19:7 主の使は再びきて、彼にさわって言った、「起きて食べなさい。道が遠くて耐えられないでしょうから」。
ヨブ記(2か所)
ヨブ記4:5 ところが今、この事があなたに臨むと、あなたは耐え得ない。この事があなたに触れると、あなたはおじ惑う。
ヨブ記8:15 その家によりかかろうとすれば、家は立たず、それにすがろうとしても、それは耐えない。
詩篇(3か所)
詩篇1:5 それゆえ、悪しき者はさばきに耐えない。罪びとは正しい者のつどいに立つことができない。
詩篇60:3 あなたはその民に耐えがたい事をさせ、人をよろめかす酒をわれらに飲ませられました。
詩篇147:17 主は氷をパンくずのように投げうたれる。だれがその寒さに耐えることができましょうか。
箴言(2か所)
箴言18:14 人の心は病苦をも忍ぶ、しかし心の痛むときは、だれがそれに耐えようか。
箴言30:21 地は三つのことによって震う、いや、四つのことによって、耐えることができない。
イザヤ書(1か所)
イザヤ書1:13 あなたがたは、もはや、むなしい供え物を携えてきてはならない。薫香は、わたしの忌みきらうものだ。新月、安息日、また会衆を呼び集めること――わたしは不義と聖会とに耐えられない。
エレミヤ書(1か所)
エレミヤ書20:9 もしわたしが、「主のことは、重ねて言わない、このうえその名によって語る事はしない」と言えば、主の言葉がわたしの心にあって、燃える火のわが骨のうちに閉じこめられているようで、それを押えるのに疲れはてて、耐えることができません。
エゼキエル書(1か所)
エゼキエル書22:14 わたしがあなたを攻める日には、あなたの勇気は、これに耐え得ようか。またあなたの手は強くあり得ようか。主なるわたしはこれを宣言し、これをなす。
ヨエル書(1か所)
ヨエル書2:11 主はその軍勢の前で声をあげられる。その軍隊は非常に多いからである。そのみ言葉をなし遂げる者は強い。主の日は大いにして、はなはだ恐ろしいゆえ、だれがこれに耐えることができよう。
アモス書(1か所)
アモス書7:10 時にベテルの祭司アマジヤは、イスラエルの王ヤラベアムに人をつかわして言う、「イスラエルの家のただ中で、アモスはあなたにそむきました。この地は彼のもろもろの言葉に耐えることができません。
ナホム書(1か所)
ナホム書1:6 だれが彼の憤りの前に立つことができよう。だれが彼の燃える怒りに耐えることができよう。その憤りは火のように注がれ、岩も彼によって裂かれる。
マラキ書(1か所)
マラキ書3:2 その来る日には、だれが耐え得よう。そのあらわれる時には、だれが立ち得よう。彼は金をふきわける者の火のようであり、布さらしの灰汁のようである。
マタイによる福音書(3か所)
マタイ10:15 あなたがたによく言っておく。さばきの日には、ソドム、ゴモラの地の方が、その町よりは耐えやすいであろう。
マタイ11:22 しかし、おまえたちに言っておく。さばきの日には、ツロとシドンの方がおまえたちよりも、耐えやすいであろう。
マタイ11:24 しかし、あなたがたに言う。さばきの日には、ソドムの地の方がおまえよりは耐えやすいであろう」。
ルカによる福音書(2か所)
ルカ10:12 あなたがたに言っておく。その日には、この町よりもソドムの方が耐えやすいであろう。
ルカ10:14 しかし、さばきの日には、ツロとシドンの方がおまえたちよりも、耐えやすいであろう。
ヨハネによる福音書(1か所)
ヨハネ16:12 わたしには、あなたがたに言うべきことがまだ多くあるが、あなたがたは今はそれに堪えられない。
ローマ人への手紙(1か所)
ローマ12:12 望みをいだいて喜び、患難に耐え、常に祈りなさい。
コリント人への第一の手紙(2か所)
コリント第一10:13 あなたがたの会った試錬で、世の常でないものはない。神は真実である。あなたがたを耐えられないような試錬に会わせることはないばかりか、試錬と同時に、それに耐えられるように、のがれる道も備えて下さるのである。
コリント第一13:7 そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。
コリント人への第二の手紙(3か所)
コリント第二1:6 わたしたちが患難に会うなら、それはあなたがたの慰めと救とのためであり、慰めを受けるなら、それはあなたがたの慰めのためであって、その慰めは、わたしたちが受けているのと同じ苦難に耐えさせる力となるのである。
コリント第二1:8 兄弟たちよ。わたしたちがアジヤで会った患難を、知らずにいてもらいたくない。わたしたちは極度に、耐えられないほど圧迫されて、生きる望みをさえ失ってしまい、
コリント第二2:16 後者にとっては、死から死に至らせるかおりであり、前者にとっては、いのちからいのちに至らせるかおりである。いったい、このような任務に、だれが耐え得ようか。
コロサイ人への手紙(1か所)
コロサイ1:11 更にまた祈るのは、あなたがたが、神の栄光の勢いにしたがって賜わるすべての力によって強くされ、何事も喜んで耐えかつ忍び、
テサロニケ人への第一の手紙(2か所)
テサロニケ第一3:1 そこで、わたしたちはこれ以上耐えられなくなって、わたしたちだけがアテネに留まることに定め、
テサロニケ第一3:5 そこで、わたしはこれ以上耐えられなくなって、もしや「試みる者」があなたがたを試み、そのためにわたしたちの労苦がむだになりはしないかと気づかって、あなたがたの信仰を知るために、彼をつかわしたのである。
テモテへの第二の手紙(2か所)
テモテ第二3:11 それから、わたしがアンテオケ、イコニオム、ルステラで受けた数々の迫害、苦難に、よくも続いてきてくれた。そのひどい迫害にわたしは耐えてきたが、主はそれらいっさいのことから、救い出して下さったのである。
テモテ第二4:3 人々が健全な教に耐えられなくなり、耳ざわりのよい話をしてもらおうとして、自分勝手な好みにまかせて教師たちを寄せ集め、
ヘブル人への手紙(2か所)
ヘブル10:32 あなたがたは、光に照されたのち、苦しい大きな戦いによく耐えた初めのころのことを、思い出してほしい。
ヘブル12:20 そこでは、彼らは、「けものであっても、山に触たら、石で打ち殺されてしまえ」という命令の言葉に、耐えることができなかったのである。