コリント人への第二の手紙 1章6節(コリント第二1:6)

6 わたしたちが患難かんなんに会あうなら、それはあなたがたの慰なぐさめと救すくいとのためであり、慰なぐさめを受うけるなら、それはあなたがたの慰なぐさめのためであって、その慰なぐさめは、わたしたちが受うけているのと同おなじ苦難くなんに耐たえさせる力ちからとなるのである。

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この節を含む箇所慰めの神コリント第二1:3-11

前後の聖句(1章4–8節)

4 神かみは、いかなる患難かんなんの中なかにいる時ときでもわたしたちを慰なぐさめて下くださり、また、わたしたち自身じしんも、神かみに慰なぐさめていただくその慰なぐさめをもって、あらゆる患難かんなんの中なかにある人々ひとびとを慰なぐさめることができるようにして下くださるのである。

5 それは、キリストの苦難くなんがわたしたちに満みちあふれているように、わたしたちの受うける慰なぐさめもまた、キリストによって満みちあふれているからである。

6 わたしたちが患難かんなんに会あうなら、それはあなたがたの慰なぐさめと救すくいとのためであり、慰なぐさめを受うけるなら、それはあなたがたの慰なぐさめのためであって、その慰なぐさめは、わたしたちが受うけているのと同おなじ苦難くなんに耐たえさせる力ちからとなるのである。

7 だから、あなたがたに対たいしていだいているわたしたちの望のぞみは、動うごくことがない。あなたがたが、わたしたちと共ともに苦難くなんにあずかっているように、慰なぐさめにも共ともにあずかっていることを知しっているからである。

8 兄弟きょうだいたちよ。わたしたちがアジヤで会あった患難かんなんを、知しらずにいてもらいたくない。わたしたちは極度きょくどに、耐たえられないほど圧迫あっぱくされて、生いきる望のぞみをさえ失うしなってしまい、

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