「痛める」(いためる)が出てくる聖書の箇所
「痛める」(いためる)は口語訳の11か所(旧約8・新約3)に出てきます。日常訳第1版では28か所。
創世記(1か所)
創世記6:6 主は地の上に人を造ったのを悔いて、心を痛め、
ルツ記(1か所)
ルツ記1:13 そのためにあなたがたは、子どもの成長するまで待っているつもりなのですか。あなたがたは、そのために夫をもたずにいるつもりなのですか。娘たちよ、それはいけません。主の手がわたしに臨み、わたしを責められたことで、あなたがたのために、わたしは非常に心を痛めているのです」。
サムエル記上(2か所)
サムエル第一2:33 しかしあなたの一族のひとりを、わたしの祭壇から断たないであろう。彼は残されてその目を泣きはらし、心を痛めるであろう。またあなたの家に生れ出るものは、みなつるぎに死ぬであろう。
サムエル第一30:6 その時、ダビデはひじょうに悩んだ。それは民がみなおのおのそのむすこ娘のために心を痛めたため、ダビデを石で撃とうと言ったからである。しかしダビデはその神、主によって自分を力づけた。
詩篇(2か所)
詩篇105:18 彼の足は足かせをもって痛められ、彼の首は鉄の首輪にはめられ、
詩篇109:16 これは彼がいつくしみを施すことを思わず、かえって貧しい者、乏しい者を責め、心の痛める者を殺そうとしたからです。
箴言(1か所)
箴言25:20 心の痛める人の前で歌をうたうのは、寒い日に着物を脱ぐようであり、また傷の上に酢をそそぐようだ。
エゼキエル書(1か所)
エゼキエル書27:31 あなたのために髪をそり、荒布をまとい、あなたのために心を痛めて泣き、はげしく嘆く。
使徒行伝(1か所)
使徒20:38 もう二度と自分の顔を見ることはあるまいと彼が言ったので、特に心を痛めた。それから彼を舟まで見送った。
コリント人への第一の手紙(1か所)
コリント第一8:12 このようにあなたがたが、兄弟たちに対して罪を犯し、その弱い良心を痛めるのは、キリストに対して罪を犯すことなのである。
ペテロの第二の手紙(1か所)
ペテロ第二2:8 (この義人は、彼らの間に住み、彼らの不法の行いを日々見聞きして、その正しい心を痛めていたのである。)