「痛む」(いたむ)が出てくる聖書の箇所
「痛む」(いたむ)は日常訳第1版の16か所(旧約15・新約1)に出てきます。「いたむ」「傷む」も含みます。口語訳では6か所。
サムエル記上(1か所)
サムエル第一24:5 だがそのあとで、ダビデは自分がサウルの上着のすそを切ったことに、心が痛んだ。
列王紀下(5か所)
列王紀下12:5 そのすべてを、祭司たちはそれぞれ知り合いの人から受け取りなさい。そして神殿のいたんだところを見つけしだい、どこでも修理するように。」
列王紀下12:6 ところが、ヨアシュ王の治世第二十三年になっても、祭司たちは神殿のいたんだところを修理していなかった。
列王紀下12:7 そこでヨアシュ王は祭司ヨヤダとほかの祭司たちを呼んで言った。「どうしてあなたたちは神殿のいたんだところを修理しないのか。もう知り合いからお金を受け取ってはいけない。それを神殿の修理のために渡しなさい。」
列王紀下12:12 石を切り出す職人や石工にも支払った。また、主の神殿の傷んだ箇所を直すための木材や切り石を買い、神殿の修理にかかるすべての費用にあてた。
列王紀下22:5 その銀を、主の神殿の工事を任されている監督たちに渡してほしい。監督たちはそれを、神殿で働く職人たちに払って、神殿の傷んだところを直させるのだ。
ヨブ記(2か所)
ヨブ記3:20 なぜ、苦しむ人に光が与えられ、心の痛む人に命が与えられるのか。
ヨブ記30:17 夜になると骨が身を刺すように痛み、わたしをかむ痛みは休むことがない。
詩篇(2か所)
詩篇69:29 でも、わたしは苦しみ、痛んでいる。神よ、あなたの救いがわたしを高く上げてくださるように。
詩篇73:21 わたしの心は苦しみに満ち、はらわたは刺すように痛んだ。
箴言(2か所)
箴言14:13 笑っていても、心は痛むことがある。その楽しさの終わりは、悲しみだ。
箴言15:13 心が喜んでいると、顔は明るくなる。でも、心が痛んでいると、気持ちは沈んでいく。
エレミヤ書(2か所)
エレミヤ書4:19 ああ、腹が、腹が痛む。心臓の壁がうずく。胸が高鳴って、もう黙っていられない。角笛の音が聞こえるからだ。魂よ、あなたは戦いの雄叫びを聞いたのだ。
エレミヤ書29:17 万軍の主はこう言われる。見よ、わたしは彼らに剣と飢えと疫病を送る。そして彼らを、傷んで食べられないほど悪くなったいちじくのようにする。
ダニエル書(1か所)
ダニエル書3:27 総督、長官、地方長官、そして王の顧問たちが集まって来て、その男たちを見た。火は彼らの体に何の力も及ぼさず、髪の毛一本も焦げず、上着も傷んでおらず、火のにおいさえしなかった。
コリント人への第二の手紙(1か所)
コリント第二11:29 だれかが弱っているなら、わたしも弱さを感じずにいられない。だれかがつまずかされているなら、わたしの心も焼けつくように痛む。