「異邦」(いほう)が出てくる聖書の箇所

「異邦」(いほう)は日常訳第1版の29か所(旧約6・新約23)に出てきます。口語訳では173か所。

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士師記(1か所)

士師記4:2 そこで主しゅは彼かれらを、ハツォルで王位おういにあったカナンの王おうヤビンの手てに売うり渡わたした。ヤビンの軍ぐんの司令しれい官かんはシセラで、異邦いほう人にんの町まちハロシェトに住すんでいた。

列王紀下(1か所)

列王紀下21:9 しかし彼かれらは聞き従わききしたがわなかった。マナセが彼かれらを迷まよわせ、主しゅがイスラエルの人々ひとびとの前まえから滅ほろぼし去さった異邦いほうの民たみよりも、さらにひどい悪あくを行おこなわせたのだ。

歴代志下(1か所)

歴代志下33:2 彼かれは主しゅが見みて悪あくとすることを行おこなった。主しゅがイスラエルの人々ひとびとの前まえから追おい払はらわれた異邦いほうの民たみの、忌いまわしい行おこないをまねたのである。

ネヘミヤ記(2か所)

ネヘミヤ記5:8 そして彼かれらに言いった。「わたしたちは、異邦いほう人にんに売うられた同胞どうほうのユダヤ人じんを、できるかぎり買かい戻もどしてきた。それなのに、あなたたちは自分じぶんの同胞どうほうを売うり、その人ひとたちをまたわたしたちに売うりつけるのか。」彼かれらは黙だまり込こみ、返かえす言葉ことばがなかった。

ネヘミヤ記5:9 わたしはさらに言いった。「あなたたちのしていることは良よくない。わたしたちの敵てきである異邦いほう人にんにあざけられないためにも、わたしたちの神かみを畏おそれて生いきるべきではないか。

イザヤ書(1か所)

イザヤ書9:1 だが、苦くるしみの中なかにあったこの地ちに、闇やみはいつまでも続つづかない。かつて主しゅはゼブルンの地ちとナフタリの地ちを軽かろんじられた。しかし後あとには、海沿うみぞいの道みち、ヨルダン川かわの向むこう、異邦いほう人にんのガリラヤを、栄はえある地ちとされる。

マタイによる福音書(2か所)

マタイ12:21 そして異邦いほう人にんは、その名なに望のぞみをかける。」

マタイ20:19 彼かれをあざける者もの、むち打うつ者もの、十字じゅうじ架かにつける者ものたちに引ひき渡わたすのだ。異邦いほう人にんたちの手てに。でも三みっ日か目めに、彼かれは復活ふっかつする」

マルコによる福音書(1か所)

マルコ10:33 「よく聞きききなさい。わたしたちはエルサレムへ上のぼっていく。そこで人ひとの子こは、祭司さいし長ちょうたちや律法りっぽう学がく者しゃたちに引ひき渡わたされる。彼かれらは人ひとの子こに死刑しけいを宣告せんこくし、異邦いほう人にんの手てに引ひき渡わたす。

ルカによる福音書(1か所)

ルカ18:32 人ひとの子こは異邦いほう人にんに引ひき渡わたされ、ばかにされ、ひどい仕打しうちを受うけ、つばを吐はきかけられる。

使徒行伝(6か所)

使徒4:27 事実じじつ、この町まちで、ヘロデとポンティオ・ピラトは、異邦いほうの民たみやイスラエルの民たみと一緒いっしょになって、あなたが油あぶらを注そそがれた聖せいなるしもべイエスに逆さからって集あつまりました。

使徒7:45 わたしたちの先祖せんぞは、この幕屋まくやを受うけ継つぎ、ヨシュアと共ともに、神かみが先祖せんぞの前まえから追おい払はらった異邦いほうの民たみの土地とちを占領せんりょうしたとき、そこへ運はこび入いれた。それはダビデの時代じだいまで続つづいた。

使徒9:15 けれども主しゅは彼かれに言いった。「行いきなさい。あの人ひとは、わたしが選えらんだ器うつわなのだ。異邦いほう人にんや王おうたち、そしてイスラエルの人々ひとびとの前まえで、わたしの名なを運はこんでいく者ものだ。

使徒26:17 わたしは、この民たみや異邦いほう人にんからあなたを助たすけ出だす。そして、あなたを彼かれらのもとへ送おくる。

使徒26:20 まずダマスコの人々ひとびとに、それからエルサレムとユダヤ全土ぜんどの人々ひとびとに、さらに異邦いほう人にんにも、わたしは伝つたえました。悔くい改あらためて神かみに立たち返かえり、その悔くい改あらためにふさわしい行おこないをするようにと。

使徒26:23 つまり、キリストは苦くるしみを受うけ、死者ししゃの中なかから最初さいしょによみがえって、この民たみにも異邦いほう人にんにも光ひかりを告つげ知しらせる、ということです。」

ローマ人への手紙(6か所)

ローマ1:13 兄弟きょうだい姉妹しまいの皆みなさん、知しっておいてほしいことがある。わたしは何なん度ども、あなたたちのところへ行いこうと思おもってきた。でも、今いままで妨さまたげられてきたのだ。ほかの異邦いほう人にんたちの間あいだでそうだったように、あなたたちの間あいだでも実みのりを得えたいと思おもっている。

ローマ2:14 異邦いほう人にんは律法りっぽうを持もっていない。それでも、その律法りっぽうが命めいじることを生うまれつき行おこなうことがある。そういう人ひとたちは、律法りっぽうを持もたなくても、自分じぶん自身じしんが自分じぶんにとっての律法りっぽうなのだ。

ローマ3:29 神かみはユダヤ人じんだけの神かみなのだろうか。異邦いほう人にんの神かみでもあるのではないか。そうだ、異邦いほう人にんの神かみでもある。

ローマ15:9 異邦いほう人にんもあわれみを受うけて神かみをあがめるようになるためだ。聖書せいしょにこう書かかかれているとおりだ。「だからわたしは、異邦いほう人にんの中なかであなたをたたえ、あなたの名なをほめ歌ううたう。」

ローマ15:10 異邦いほうの人々ひとびとよ、主しゅの民たみと一緒いっしょに喜よろこべ。

ローマ15:27 彼かれらは確たしかに、それを喜よろこんでした。でも同時どうじに、彼かれらはエルサレムの人ひとたちに借かりがある。異邦いほう人にんが彼かれらの霊的れいてきな恵めぐみを分わけてもらったのなら、物質ぶっしつ的てきなもので彼かれらを助たすけるのは当然とうぜんだからだ。

コリント人への第一の手紙(1か所)

コリント第一1:23 でもわたしたちは、十字じゅうじ架かにつけられたキリストを宣のべ伝つたえる。それはユダヤ人じんにとってはつまずきであり、異邦いほう人にんにとっては愚おろかなことだ。

コリント人への第二の手紙(1か所)

コリント第二11:26 たびたびの旅たびでは、川かわの危険きけん、強盗ごうとうの危険きけん、同胞どうほうからの危険きけん、異邦いほう人にんからの危険きけん、町まちでの危険きけん、荒あれ野のでの危険きけん、海うみの危険きけん、偽いつわりの仲間なかまによる危険きけんがあった。

ガラテヤ人への手紙(2か所)

ガラテヤ1:16 それは、御子みこをわたしのうちに示ししめして、異邦いほう人にんの間あいだでその方かたを伝つたえさせることだった。そのとき、わたしはすぐに、だれか人ひとに相談そうだんすることはしなかった。

ガラテヤ3:8 聖書せいしょは、神かみが信仰しんこうによって異邦いほうの人ひとたちを義ぎと認みとめると前まえもって知しって、アブラハムにこの良よい知しらせを先さきに告つげていた。「あなたによって、すべての民族みんぞくが祝福しゅくふくされる。」

テサロニケ人への第一の手紙(2か所)

テサロニケ第一2:16 そして、異邦いほう人にんが救すくわれるようにとわたしたちが語かたるのを、じゃまし続つづけている。こうして、彼かれらはいつも自分じぶんの罪つみを積つみ重かさねているのだ。しかし、神かみの怒いかりはついに彼かれらの上うえに及およんだ。

テサロニケ第一4:5 神かみを知しらない異邦いほう人にんのように、欲望よくぼうのとりこになってはならない。

ヨハネの黙示録(1か所)

黙示録11:2 でも、神殿しんでんの外そとの庭にわは測はからなくていい。そこは残のこしておきなさい。そこは異邦いほう人にんに与あたえられたからだ。彼かれらは四十よんじゅう二にか月げつのあいだ、聖せいなる都みやこを踏ふみにじる。

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