「生き返る」(いきかえる)が出てくる聖書の箇所

「生き返る」(いきかえる)は口語訳の29か所(旧約15・新約14)に出てきます。「いきかえる」「生きかえる」も含みます。日常訳第1版では75か所。

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列王紀上(2か所)

列王紀上17:22 主しゅはエリヤの声こえを聞ききいれられたので、その子供こどもの魂たましいはもとに帰かえって、彼かれは生いきかえった。

列王紀上17:23 エリヤはその子供こどもを取とって屋上おくじょうのへやから家いえの中なかにつれて降ふり、その母ははにわたして言いった、「ごらんなさい。あなたの子こは生いきかえりました」。

列王紀下(4か所)

列王紀下4:31 ゲハジは彼かれらの先さきに行いって、つえを子供こどもの顔かおの上うえに置おいたが、なんの声こえもなく、生いきかえったしるしもなかったので、帰かえってきてエリシャに会あい、彼かれに告つげて「子供こどもはまだ目めをさましません」と言いった。

列王紀下8:1 エリシャはかつて、その子こを生いきかえらせてやった女おんなに言いったことがある。「あなたは、ここを立たって、あなたの家族かぞくと共ともに行いき、寄留きりゅうしようと思おもう所ところに寄留きりゅうしなさい。主しゅがききんを呼よび下くだされたので、七なな年ねんの間あいだそれがこの地ちに臨のぞむから」。

列王紀下8:5 すなわちエリシャが死人しにんを生いきかえらせた事ことを、ゲハジが王おうと物語ものがたっていたとき、その子こを生いきかえらせてもらった女おんなが、自分じぶんの家いえと畑はたけのために王おうに訴うったえてきたので、ゲハジは言いった、「わが主しゅ、王おうよ、これがその女おんなです。またこれがその子こで、エリシャが生いきかえらせたのです」。

列王紀下13:21 時ときに、ひとりの人ひとを葬ほうむろうとする者ものがあったが、略奪りゃくだつ隊たいを見みたので、その人ひとをエリシャの墓はかに投なげ入いれて去さった。その人ひとはエリシャの骨ほねに触ふれるとすぐ生いきかえって立たちあがった。

エズラ記(2か所)

エズラ記9:8 ところがいま、われわれの神かみ、主しゅは、しばし恵めぐみを施ほどこして、のがれ残のこるべき者ものをわれわれのうちにおき、その聖せい所しょのうちに確たしかなよりどころを与あたえ、こうしてわれわれの神かみはわれわれの目めを明あきらかにし、われわれをその奴隷どれいのうちにあって、少すこしく生いき返かえらせられました。

エズラ記9:9 われわれは奴隷どれいの身みでありますが、その奴隷どれいたる時ときにも神かみはわれわれを見捨みすてられず、かえってペルシャ王おうたちの目めの前まえでいつくしみを施ほどこして、われわれを生いき返かえらせ、われわれの神かみの宮みやを建たてさせ、その破壊はかいをつくろわせ、ユダとエルサレムでわれわれに保護ほごを与あたえられました。

詩篇(5か所)

詩篇19:7 主しゅのおきては完全かんぜんであって、魂たましいを生いきかえらせ、主しゅのあかしは確たしかであって、無学むがくな者ものを賢かしこくする。

詩篇23:3 主しゅはわたしの魂たましいをいきかえらせ、み名なのためにわたしを正ただしい道みちに導みちびかれる。

詩篇30:3 主しゅよ、あなたはわたしの魂たましいを陰府よみからひきあげ、墓はかに下くだる者もののうちから、わたしを生いき返かえらせてくださいました。

詩篇69:32 へりくだる者ものは、これを見みて喜よろこべ。神かみを求もとめる者ものよ、あなたがたの心こころを生いきかえらせよ。

詩篇119:25 わが魂たましいはちりについています。み言葉ことばに従したがって、わたしを生いき返かえらせてください。

イザヤ書(1か所)

イザヤ書26:14 死しんだ者ものはまた生いきない。亡霊ぼうれいは生いき返かえらない。それで、あなたは彼かれらを罰ばっして滅ほろぼし、彼かれらの思おもい出でをことごとく消けし去さられた。

エゼキエル書(1か所)

エゼキエル書37:3 彼かれはわたしに言いわれた、「人ひとの子こよ、これらの骨ほねは、生いき返かえることができるのか」。わたしは答こたえた、「主しゅなる神かみよ、あなたはご存ぞんじです」。

マタイによる福音書(3か所)

マタイ9:18 これらのことを彼かれらに話はなしておられると、そこにひとりの会堂かいどう司しがきて、イエスを拝はいして言いった、「わたしの娘むすめがただ今いま死しにました。しかしおいでになって手てをその上うえにおいてやって下ください。そうしたら、娘むすめは生いき返かえるでしょう」。

マタイ11:5 盲人もうじんは見みえ、足あしなえは歩あるき、らい病びょう人にんはきよまり、耳じしいは聞きこえ、死人しにんは生いきかえり、貧まずしい人々ひとびとは福音ふくいんを聞きかされている。

マタイ27:52 また墓はかが開あけ、眠ねむっている多おおくの聖徒せいとたちの死体したいが生いき返かえった。

ルカによる福音書(3か所)

ルカ7:22 答こたえて言いわれた、「行いって、あなたがたが見聞みきしたことを、ヨハネに報告ほうこくしなさい。盲人もうじんは見みえ、足あしなえは歩あるき、らい病びょう人にんはきよまり、耳じしいは聞きこえ、死人しにんは生いきかえり、貧まずしい人々ひとびとは福音ふくいんを聞きかされている。

ルカ15:24 このむすこが死しんでいたのに生いき返かえり、いなくなっていたのに見みつかったのだから』。それから祝宴しゅくえんがはじまった。

ルカ15:32 しかし、このあなたの弟おとうとは、死しんでいたのに生いき返かえり、いなくなっていたのに見みつかったのだから、喜よろこび祝いわうのはあたりまえである』」。

使徒行伝(2か所)

使徒9:41 ペテロは彼女かのじょに手てをかして立たたたせた。それから、聖徒せいとたちや、やもめたちを呼よび入いれて、彼女かのじょが生いきかえっているのを見みせた。

使徒20:12 人々ひとびとは生いきかえった若者わかものを連つれかえり、ひとかたならず慰なぐさめられた。

ローマ人への手紙(3か所)

ローマ7:9 わたしはかつては、律法りっぽうなしに生いきていたが、戒いましめが来くるに及およんで、罪つみは生いき返かえり、

ローマ11:15 もし彼かれらの捨すてられたことが世よの和解わかいとなったとすれば、彼かれらの受うけいれられることは、死人しにんの中なかから生いき返かえることではないか。

ローマ14:9 なぜなら、キリストは、死者ししゃと生者しょうじゃとの主しゅとなるために、死しんで生いき返かえられたからである。

ヨハネの黙示録(3か所)

黙示録2:8 スミルナにある教会きょうかいの御ご使しに、こう書かきおくりなさい。『初はじめであり、終おわりである者もの、死しんだことはあるが生いき返かえった者ものが、次つぎのように言いわれる。

黙示録20:4 また見みていると、かず多おおくの座ざがあり、その上うえに人々ひとびとがすわっていた。そして、彼かれらにさばきの権けんが与あたえられていた。また、イエスのあかしをし神かみの言げんを伝つたえたために首くびを切きられた人々ひとびとの霊れいがそこにおり、また、獣けものをもその像ぞうをも拝おがまず、その刻印こくいんを額がくや手てに受うけることをしなかった人々ひとびとがいた。彼かれらは生いきかえって、キリストと共ともに千せん年ねんの間あいだ、支配しはいした。

黙示録20:5 (それ以外いがいの死人しにんは、千せん年ねんの期間きかんが終おわるまで生いきかえらなかった。)これが第だい一いちの復活ふっかつである。

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