「狂う」(くるう)が出てくる聖書の箇所

「狂う」(くるう)は口語訳の23か所(旧約16・新約7)に出てきます。日常訳第1版では9か所。

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申命記(2か所)

申命記28:28 また主しゅはあなたを撃うって気きを狂くるわせ、目めを見みえなくし、心こころを混乱こんらんさせられるであろう。

申命記28:34 こうしてあなたは目めに見みる事柄ことがらによって、気きが狂くるうにいたるであろう。

サムエル記上(2か所)

サムエル第一18:10 次つぎの日ひ、神かみから来くる悪霊あくりょうがサウルにはげしく臨のぞんで、サウルが家いえの中なかで狂くるいわめいたので、ダビデは、いつものように、手てで琴ことをひいた。その時とき、サウルの手てにやりがあったので、

サムエル第一21:15 わたしに気違きちがいが必要ひつようなのか。この者ものを連つれてきて、わたしの前まえで狂くるわせようというのか。この者ものをわたしの家いえへ入いれようとするのか」。

ヨブ記(1か所)

ヨブ記15:12 どうしてあなたの心こころは狂くるうのか。どうしてあなたの目めはしばたたくのか。

詩篇(2か所)

詩篇55:3 敵てきの声こえと、悪あしき者もののしえたげとによって気きが狂くるいそうです。彼かれらはわたしに悩なやみを臨のぞませ、怒おこってわたしを苦くるしめるからです。

詩篇78:57 そむき去さって、先祖せんぞたちのように真実しんじつを失うしない、狂くるった弓ゆみのようにねじれた。

イザヤ書(1か所)

イザヤ書44:25 偽いつわる物もののしるしをむなしくし、占ううらなう者ものを狂くるわせ、賢かしこい者ものをうしろに退しりぞけて、その知識ちしきを愚おろかにする。

エレミヤ書(4か所)

エレミヤ書25:16 彼かれらは飲のんで、よろめき狂くるう。これはわたしが彼かれらのうちに、つるぎをつかわそうとしているからである」。

エレミヤ書29:26 『主しゅは祭司さいしエホヤダに代かわってあなたを祭司さいしとし、主しゅの宮みやをつかさどらせ、すべて狂くるい、かつ預言よげんする者ものを足あしかせと首くびかせにつながせられる。

エレミヤ書50:38 その水みずの上うえに、ひでりが来きて、それはかわく。それは、この地ちが偶像ぐうぞうの地ちであって、人々ひとびとが偶像ぐうぞうに心こころが狂くるっているからだ。

エレミヤ書51:7 バビロンは主しゅの手てのうちにある金かねの杯さかずきであって、すべての地ちを酔よわせた。国々くにぐにはその酒さけを飲のんだので、国々くにぐには狂くるった。

ホセア書(2か所)

ホセア書9:7 刑罰けいばつの日ひは来きた。報むくいの日ひは来きた。イスラエルはこれを知しる。預言よげん者しゃは愚おろかな者もの、霊れいに感かんじた人ひとは狂くるった者ものだ。これはあなたがたの不義ふぎが多おおく、恨うらみが大おおきいためである。

ホセア書11:6 つるぎは、そのもろもろの町まちにあれ狂くるい、その門もんの貫かんの木きを砕くだき、その城しろの中なかに彼かれらを滅ほろぼす。

ナホム書(1か所)

ナホム書2:4 戦車せんしゃはちまたに狂くるい走はしり、大路おおじに飛とびかける。彼かれらはたいまつのように輝かがやき、いなずまのように飛とびかける。

ゼカリヤ書(1か所)

ゼカリヤ書12:4 主しゅは言いわれる、その日ひには、わたしはすべての馬うまを撃うって驚おどろかせ、その乗のり手てを撃うって狂くるわせる。しかし、もろもろの民たみの馬うまを、ことごとく撃うって、めくらとするとき、ユダの家いえに対たいしては、わたしの目めを開ひらく。

マルコによる福音書(1か所)

マルコ3:21 身内みうちの者ものたちはこの事ことを聞きいて、イエスを取押とりおさえに出でてきた。気きが狂くるったと思おもったからである。

ヨハネによる福音書(1か所)

ヨハネ10:20 そのうちの多おおくの者ものが言いった、「彼かれは悪霊あくりょうに取とりつかれて、気きが狂くるっている。どうして、あなたがたはその言いうことを聞きくのか」。

使徒行伝(3か所)

使徒12:15 人々ひとびとは「あなたは気きが狂くるっている」と言いったが、彼女かのじょは自分じぶんの言いうことに間違まちがいはないと、言い張っいいはった。そこで彼かれらは「それでは、ペテロの御お使つかいだろう」と言いった。

使徒26:24 パウロがこのように弁明べんめいをしていると、フェストは大声おおごえで言いった、「パウロよ、おまえは気きが狂くるっている。博学はくがくが、おまえを狂くるわせている」。

使徒26:25 パウロが言いった、「フェスト閣下かっかよ、わたしは気きが狂くるってはいません。わたしは、まじめな真実しんじつの言葉ことばを語かたっているだけです。

コリント人への第二の手紙(2か所)

コリント第二5:13 もしわたしたちが、気きが狂くるっているのなら、それは神かみのためであり、気きが確たしかであるのなら、それはあなたがたのためである。

コリント第二11:23 彼かれらはキリストの僕ぼくなのか。わたしは気きが狂くるったようになって言ゆう、わたしは彼かれら以上いじょうにそうである。苦労くろうしたことはもっと多おおく、投獄とうごくされたことももっと多おおく、むち打うたれたことは、はるかにおびただしく、死しに面めんしたこともしばしばあった。

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