「施し」(ほどこし)が出てくる聖書の箇所

「施し」(ほどこし)は口語訳の16か所(旧約3・新約13)に出てきます。日常訳第1版では4か所。

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エステル記(1か所)

エステル記9:22 すなわちこの両日りょうじつにユダヤ人にんがその敵てきに勝かって平安へいあんを得え、またこの月つきは彼かれらのために憂ういから喜よろこびに変かわり、悲かなしみから祝日しゅくじつに変かわったので、これらを酒宴しゅえんと喜よろこびの日ひとして、互たがいに食たべ物ものを贈おくり、貧まずしい者ものに施ほどこしをする日ひとせよとさとした。

詩篇(1か所)

詩篇109:10 その子こらを放浪ほうろう者しゃとして施ほどこしをこわせ、その荒あれたすまいから追おい出ださせてください。

箴言(1か所)

箴言19:17 貧まずしい者ものをあわれむ者ものは主しゅに貸かすのだ、その施ほどこしは主しゅが償つぐなわれる。

マタイによる福音書(3か所)

マタイ6:2 だから、施ほどこしをする時ときには、偽善ぎぜん者しゃたちが人ひとにほめられるため会堂かいどうや町まちの中なかでするように、自分じぶんの前まえでラッパを吹ふきならすな。よく言いっておくが、彼かれらはその報むくいを受うけてしまっている。

マタイ6:3 あなたは施ほどこしをする場合ばあい、右みぎの手てのしていることを左ひだりの手てに知しらせるな。

マタイ6:4 それは、あなたのする施ほどこしが隠かくれているためである。すると、隠かくれた事ことを見みておられるあなたの父ちちは、報むくいてくださるであろう。

使徒行伝(6か所)

使徒3:2 生うまれながら足あしのきかない男おとこが、かかえられてきた。この男おとこは、宮みやもうでに来くる人々ひとびとに施ほどこしをこうため、毎日まいにち、「美うつくしの門もん」と呼よばれる宮みやの門もんのところに、置おかれていた者ものである。

使徒3:3 彼かれは、ペテロとヨハネとが、宮みやにはいって行いこうとしているのを見みて、施ほどこしをこうた。

使徒3:10 これが宮みやの「美うつくしの門もん」のそばにすわって、施ほどこしをこうていた者ものであると知しり、彼かれの身みに起おこったことについて、驚おどろき怪あやしんだ。

使徒9:36 ヨッパにタビタ(これを訳やくすと、ドルカス、すなわち、かもしか)という女じょ弟子でしがいた。数々かずかずのよい働はたらきや施ほどこしをしていた婦人ふじんであった。

使徒10:2 信心しんじん深ふかく、家族かぞく一同いちどうと共ともに神かみを敬うやまい、民みんに数々かずかずの施ほどこしをなし、絶たえず神かみに祈いのりをしていた。

使徒24:17 さてわたしは、幾いく年ねんぶりかに帰かえってきて、同胞どうほうに施ほどこしをし、また、供そなえ物ものをしていました。

コリント人への第二の手紙(3か所)

コリント第二8:3 わたしはあかしするが、彼かれらは力ちからに応おうじて、否いな、力ちから以上いじょうに施ほどこしをした。すなわち、自みずから進すすんで、

コリント第二9:11 こうして、あなたがたはすべてのことに豊ゆたかになって、惜おしみなく施ほどこし、その施ほどこしはわたしたちの手てによって行おこなわれ、神かみに感謝かんしゃするに至いたるのである。

コリント第二9:13 すなわち、この援助えんじょを行おこなった結果けっかとして、あなたがたがキリストの福音ふくいんの告白こくはくに対たいして従順じゅうじゅんであることや、彼かれらにも、すべての人ひとにも、惜おしみなく施ほどこしをしていることがわかってきて、彼かれらは神かみに栄光えいこうを帰かえし、

ヘブル人への手紙(1か所)

ヘブル13:16 そして、善ぜんを行おこなうことと施ほどこしをすることとを、忘わすれてはいけない。神かみは、このようないけにえを喜よろこばれる。

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