「愚者」(ぐしゃ)が出てくる聖書の箇所
「愚者」(ぐしゃ)は口語訳の10か所(旧約10・新約0)に出てきます。日常訳第1版では0か所。
伝道の書(10か所)
伝道の書2:14 知者の目は、その頭にある。しかし愚者は暗やみを歩む。けれどもわたしはなお同一の運命が彼らのすべてに臨むことを知っている。
伝道の書2:15 わたしは心に言った、「愚者に臨む事はわたしにも臨むのだ。それでどうしてわたしは賢いことがあろう」。わたしはまた心に言った、「これもまた空である」と。
伝道の書2:16 そもそも、知者も愚者も同様に長く覚えられるものではない。きたるべき日には皆忘れられてしまうのである。知者が愚者と同じように死ぬのは、どうしたことであろう。
伝道の書2:19 そして、その人が知者であるか、または愚者であるかは、だれが知り得よう。そうであるのに、その人が、日の下でわたしが労し、かつ知恵を働かしてなしたすべての労苦をつかさどることになるのだ。これもまた空である。
伝道の書10:2 知者の心は彼を右に向けさせ、愚者の心は左に向けさせる。
伝道の書10:3 愚者は道を行く時、思慮が足りない、自分の愚かなことをすべての人に告げる。
伝道の書10:12 知者の口の言葉は恵みがある、しかし愚者のくちびるはその身を滅ぼす。
伝道の書10:13 愚者の口の言葉の初めは愚痴である、またその言葉の終りは悪い狂気である。
伝道の書10:14 愚者は言葉を多くする、しかし人はだれも後に起ることを知らない。だれがその身の後に起る事を告げることができようか。
伝道の書10:15 愚者の労苦はその身を疲れさせる、彼は町にはいる道をさえ知らない。