「意見」(いけん)が出てくる聖書の箇所

「意見」(いけん)は日常訳第1版の16か所(旧約11・新約5)に出てきます。口語訳では17か所。

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申命記(1か所)

申命記17:9 そして、レビ人びとの祭司さいしたちと、そのときに任にんにある裁判さいばん官かんのもとへ行いき、意見いけんを求もとめなさい。彼かれらはあなたに、どう裁さばくべきかを告つげてくれる。

士師記(2か所)

士師記19:30 それを見みた人ひとはみな言いった。「イスラエルの人々ひとびとがエジプトの地ちから出でてきた日ひから今日きょうまで、こんなことは起おきたことも、見みたこともない。よく考かんがえ、話はなし合あって、意見いけんを言いおう。」

士師記20:7 さあ、あなたたちはみなイスラエルの人々ひとびとだ。ここで意見いけんと考かんがえを出だしてほしい。」

サムエル記下(3か所)

サムエル第二17:5 それでもアブサロムは言いった。「アルキ人にんフシャイも呼よんでくれ。彼かれの意見いけんも聞きいてみよう。」

サムエル第二17:14 アブサロムとイスラエルの人々ひとびとはみな言いった。「アルキ人にんフシャイの意見いけんのほうが、アヒトフェルの意見いけんよりいい。」実じつは主しゅが、アヒトフェルのすぐれた意見いけんをくじくよう仕向しむけておられたのだ。アブサロムに災わざわいをもたらすためだった。

サムエル第二17:23 アヒトフェルは、自分じぶんの意見いけんが取とり上あげられなかったのを知しると、ろばに鞍くらを置おいて立たち上あがり、自分じぶんの町まちの家いえへ帰かえって行いった。そして家いえの中なかを整ととのえたあと、首くびをつって死しんだ。彼かれは父ちちの墓はかに葬ほうむられた。

エステル記(2か所)

エステル記1:13 王おうは、時代じだいの流ながれに通つうじた賢者けんじゃたちに相談そうだんした。何なんかを決きめるとき、法律ほうりつや裁判さいばんに詳くわしい者ものたちに意見いけんを求もとめるのが、王おうの常つねのやり方かただったからだ。

エステル記1:21 この意見いけんは、王おうにも役人やくにんたちにも良よいと思おもえた。それで王おうは、メムカンの言いうとおりにした。

ヨブ記(2か所)

ヨブ記32:6 ブズ人にんバラクエルの子こエリフが口くちを開ひらいて言いった。「わたしは若わかく、あなたたちは年としをとっている。だから遠慮えんりょして、自分じぶんの意見いけんを言いうのをためらってきた。

ヨブ記32:17 わたしもまた、わたしの意見いけんを答こたえたい。自分じぶんの考かんがえを述のべよう。

ホセア書(1か所)

ホセア書10:6 その子牛こうしはアッシリアへ運はこばれ、大王だいおうヤレブへの贈おくり物ものにされる。エフライムは笑わらいものになり、イスラエルは自分じぶんの意見いけんを恥はじることになる。

ルカによる福音書(1か所)

ルカ24:15 そうして話はなし合あったり、意見いけんを交かわしたりしていると、イエス自身じしんが近ちかづいて来きて、一緒いっしょに歩あるき始はじめた。

ヨハネによる福音書(2か所)

ヨハネ7:43 群衆ぐんしゅうの間あいだに、イエスのことで意見いけんが真まっ二ふたつに分わかれた。

ヨハネ9:16 ある人ひとたちは言いった。「あの人ひとは安息あんそく日ひを守まもっていない。だから神かみから来きた人ひとではない。」でも、ほかの人ひとたちはこう言いった。「罪人ざいにんに、どうしてこんなしるしが行おこなえるだろう。」こうして、ファリサイ派はの人ひとたちの間あいだで意見いけんが分わかれた。

使徒行伝(2か所)

使徒5:39 しかし、もし神かみから出でたものなら、あなたたちにそれを滅ほろぼすことはできない。それどころか、神かみに逆さからって戦たたかう者ものになってしまうかもしれない。」議員ぎいんたちは、この意見いけんに従したがった。

使徒28:25 彼かれらは互たがいに意見いけんが合あわず、帰かえろうとしていた。そのとき、パウロが最後さいごにひとこと言いった。「聖霊せいれいは、預言よげん者しゃイザヤを通とおして、あなたがたの先祖せんぞにこう語かたった。まさにその通とおりだ。

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