「患難」(かんなん)が出てくる聖書の箇所

「患難」(かんなん)は口語訳の31か所(旧約1・新約30)に出てきます。日常訳第1版では0か所。

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民数記(1か所)

民数記20:14 さて、モーセはカデシからエドムの王おうに使者ししゃをつかわして言いった、「あなたの兄弟きょうだい、イスラエルはこう申もうします、『あなたはわたしたちが遭遇そうぐうしたすべての患難かんなんをご存ぞんじです。

マタイによる福音書(2か所)

マタイ24:21 その時ときには、世よの初はじめから現在げんざいに至いたるまで、かつてなく今後こんごもないような大おおきな患難かんなんが起おこるからである。

マタイ24:29 しかし、その時ときに起おこる患難かんなんの後あと、たちまち日ひは暗くくらくなり、月つきはその光ひかりを放はなつことをやめ、星ほしは空そらから落おち、天体てんたいは揺ゆり動うごかされるであろう。

マルコによる福音書(2か所)

マルコ13:19 その日ひには、神かみが万物ばんぶつを造つくられた創造そうぞうの初はじめから現在げんざいに至いたるまで、かつてなく今後こんごもないような患難かんなんが起おこるからである。

マルコ13:24 その日ひには、この患難かんなんの後あと、日ひは暗くくらくなり、月つきはその光ひかりを放はなつことをやめ、

使徒行伝(1か所)

使徒20:23 ただ、聖霊せいれいが至いたるところの町々まちまちで、わたしにはっきり告つげているのは、投獄とうごくと患難かんなんとが、わたしを待まちうけているということだ。

ローマ人への手紙(4か所)

ローマ2:9 悪あくを行おこなうすべての人ひとには、ユダヤ人にんをはじめギリシヤ人にんにも、患難かんなんと苦悩くのうとが与あたえられ、

ローマ5:3 それだけではなく、患難かんなんをも喜よろこんでいる。なぜなら、患難かんなんは忍耐にんたいを生うみ出だし、

ローマ8:35 だれが、キリストの愛あいからわたしたちを離はなれさせるのか。患難かんなんか、苦悩くのうか、迫害はくがいか、飢うえか、裸はだかか、危難きなんか、剣けんか。

ローマ12:12 望のぞみをいだいて喜よろこび、患難かんなんに耐たえ、常つねに祈いのりなさい。

コリント人への第二の手紙(10か所)

コリント第二1:4 神かみは、いかなる患難かんなんの中なかにいる時ときでもわたしたちを慰なぐさめて下くださり、また、わたしたち自身じしんも、神かみに慰なぐさめていただくその慰なぐさめをもって、あらゆる患難かんなんの中なかにある人々ひとびとを慰なぐさめることができるようにして下くださるのである。

コリント第二1:6 わたしたちが患難かんなんに会あうなら、それはあなたがたの慰なぐさめと救すくいとのためであり、慰なぐさめを受うけるなら、それはあなたがたの慰なぐさめのためであって、その慰なぐさめは、わたしたちが受うけているのと同おなじ苦難くなんに耐たえさせる力ちからとなるのである。

コリント第二1:8 兄弟きょうだいたちよ。わたしたちがアジヤで会あった患難かんなんを、知しらずにいてもらいたくない。わたしたちは極度きょくどに、耐たえられないほど圧迫あっぱくされて、生いきる望のぞみをさえ失うしなってしまい、

コリント第二2:4 わたしは大おおきな患難かんなんと心こころの憂うれいの中なかから、多おおくの涙なみだをもってあなたがたに書かきおくった。それは、あなたがたを悲かなしませるためではなく、あなたがたに対たいしてあふれるばかりにいだいているわたしの愛あいを、知しってもらうためであった。

コリント第二4:8 わたしたちは、四方しほうから患難かんなんを受うけても窮きゅうしない。途方とほうにくれても行いき詰づまらない。

コリント第二4:17 なぜなら、このしばらくの軽かるい患難かんなんは働はたらいて、永遠えいえんの重おもい栄光えいこうを、あふれるばかりにわたしたちに得とくさせるからである。

コリント第二6:4 かえって、あらゆる場合ばあいに、神かみの僕ぼくとして、自分じぶんを人々ひとびとにあらわしている。すなわち、極度きょくどの忍苦にんくにも、患難かんなんにも、危機ききにも、行いき詰づまりにも、

コリント第二7:4 わたしはあなたがたを大おおいに信頼しんらいし、大おおいに誇ほこっている。また、あふれるばかり慰なぐさめを受うけ、あらゆる患難かんなんの中なかにあって喜よろこびに満みちあふれている。

コリント第二7:5 さて、マケドニヤに着ついたとき、わたしたちの身みに少すこしの休やすみもなく、さまざまの患難かんなんに会あい、外そとには戦たたかい、内うちには恐おそれがあった。

コリント第二8:2 すなわち、彼かれらは、患難かんなんのために激はげしい試錬しれんをうけたが、その満みちあふれる喜よろこびは、極度きょくどの貧まずしさにもかかわらず、あふれ出でて惜おしみなく施ほどこす富とみとなったのである。

エペソ人への手紙(1か所)

エペソ3:13 だから、あなたがたのためにわたしが受うけている患難かんなんを見みて、落胆らくたんしないでいてもらいたい。わたしの患難かんなんは、あなたがたの光栄こうえいなのである。

ピリピ人への手紙(2か所)

ピリピ1:17 前者ぜんしゃは、わたしの入獄にゅうごくの苦くるしみに更さらに患難かんなんを加くわえようと思おもって、純真じゅんしんな心こころからではなく、党派とうは心しんからそうしている。

ピリピ4:14 しかし、あなたがたは、よくもわたしと患難かんなんを共ともにしてくれた。

テサロニケ人への第一の手紙(4か所)

テサロニケ第一1:6 そしてあなたがたは、多おおくの患難かんなんの中なかで、聖霊せいれいによる喜よろこびをもって御言みことを受うけいれ、わたしたちと主しゅとにならう者ものとなり、

テサロニケ第一3:3 このような患難かんなんの中なかにあって、動揺どうようする者ものがひとりもないように励はげますためであった。あなたがたの知しっているとおり、わたしたちは患難かんなんに会あうように定さだめられているのである。

テサロニケ第一3:4 そして、あなたがたの所ところにいたとき、わたしたちがやがて患難かんなんに会あうことをあらかじめ言いっておいたが、あなたがたの知しっているように、今いまそのとおりになったのである。

テサロニケ第一3:7 兄弟きょうだいたちよ。それによって、わたしたちはあらゆる苦難くなんと患難かんなんとの中なかにありながら、あなたがたの信仰しんこうによって慰なぐさめられた。

テサロニケ人への第二の手紙(2か所)

テサロニケ第二1:4 そのために、わたしたち自身じしんは、あなたがたがいま受うけているあらゆる迫害はくがいと患難かんなんとのただ中なかで示ししめしている忍耐にんたいと信仰しんこうとにつき、神かみの諸教しょきょう会かいに対たいしてあなたがたを誇ほこりとしている。

テサロニケ第二1:6 すなわち、あなたがたを悩なやます者ものには患難かんなんをもって報むくい、悩なやまされているあなたがたには、わたしたちと共ともに、休息きゅうそくをもって報むくいて下くださるのが、神かみにとって正ただしいことだからである。

ヨハネの黙示録(2か所)

黙示録2:22 見みよ、わたしはこの女おんなを病やまいの床ゆかに投なげ入いれる。この女おんなと姦淫かんいんする者ものをも、悔くい改あらためて彼女かのじょのわざから離はなれなければ、大おおきな患難かんなんの中なかに投なげ入いれる。

黙示録7:14 わたしは彼かれに答こたえた、「わたしの主しゅよ、それはあなたがご存ぞんじです」。すると、彼かれはわたしに言いった、「彼かれらは大おおきな患難かんなんをとおってきた人ひとたちであって、その衣ころもを小羊こひつじの血ちで洗あらい、それを白しろくしたのである。

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