「忍ぶ」(しのぶ)が出てくる聖書の箇所

「忍ぶ」(しのぶ)は口語訳の33か所(旧約13・新約20)に出てきます。日常訳第1版では0か所。

日常訳第1版で読む · 語句検索で探す

創世記(2か所)

創世記21:16 「わたしはこの子この死しぬのを見みるに忍しのびない」と言いって、矢やの届とどくほど離はなれて行いき、子供こどもの方ほうに向むいてすわった。彼女かのじょが子供こどもの方ほうに向むいてすわったとき、子供こどもは声こえをあげて泣ないた。

創世記44:34 この子供こどもを連つれずに、どうしてわたしは父ちちのもとに上のぼり行いくことができましょう。父ちちが災わざわいに会あうのを見みるに忍しのびません」。

民数記(1か所)

民数記14:27 「わたしにむかってつぶやくこの悪わるい会衆かいしゅうをいつまで忍しのぶことができようか。わたしはイスラエルの人々ひとびとが、わたしにむかってつぶやくのを聞きいた。

士師記(2か所)

士師記10:16 そうして彼かれらは自分じぶんたちのうちから異ことなる神々かみがみを取とり除のぞいて、主しゅに仕つかえた。それで主しゅの心こころはイスラエルの悩なやみを見みるに忍しのびなくなった。

士師記16:12 そこでデリラは新あたらしい綱つなをとり、それをもって彼かれを縛しばり、そして彼かれに言いった、「サムソンよ、ペリシテびとがあなたに迫せまっています」。時じに人々ひとびとは奥おくのへやに忍しのんでいたが、サムソンはその綱つなを糸いとのように腕うでから断たち落おとした。

エズラ記(1か所)

エズラ記4:14 われわれは王宮おうきゅうの塩しおをはむ者ものですから、王おうの不ふ名誉めいよを見みるに忍しのびないので、人ひとをつかわして王おうにお聞きかせするのです。

ネヘミヤ記(1か所)

ネヘミヤ記9:30 それでもあなたは年ねん久ひさしく彼かれらを忍しのび、あなたの預言よげん者しゃたちにより、あなたのみたまをもって彼かれらを戒いましめられましたが、彼かれらは耳みみを傾かたむけなかったので、彼かれらを国々くにぐにの民たみの手てに渡わたされました。

ヨブ記(1か所)

ヨブ記16:6 たといわたしは語かたっても、わたしの苦くるしみは和やわらげられない。たといわたしは忍しのんでも、どれほどそれがわたしを去さるであろうか。

詩篇(1か所)

詩篇55:12 わたしをののしる者ものは敵てきではありません。もしそうであるならば忍しのぶことができます。わたしにむかって高たかぶる者ものはあだではありません。もしそうであるならば身みを隠かくして彼かれを避さけることができます。

箴言(1か所)

箴言18:14 人ひとの心こころは病苦びょうくをも忍しのぶ、しかし心こころの痛いたむときは、だれがそれに耐たえようか。

エレミヤ書(3か所)

エレミヤ書6:11 それゆえ、わたしの身みには主しゅの怒いかりが満みち、それを忍しのぶのに、うみつかれている。「それをちまたにいる子供こどもらと、集あつまっている若わかい人々ひとびととに漏もらせ。夫おっとも妻つまも、老おいた人ひとも、年ねんのひじょうに進すすんだ人ひとも捕とらえられ、

エレミヤ書10:19 わたしはいたでをうけた、ああ、わざわいなるかな、わたしの傷きずは重おもい。しかしわたしは言いった、「まことに、これは悩なやみである。わたしはこれを忍しのばなければならない」と。

エレミヤ書44:22 主しゅはあなたがたの悪あしきわざのため、あなたがたの憎にくむべき行おこないのために、もはや忍しのぶことができなくなられた。それゆえ、あなたがたの地ちは今日きょうのごとく荒あれ地ちとなり、驚おどろきとなり、のろいとなり、住すむ人ひとのない地ちとなった。

ルカによる福音書(1か所)

ルカ22:28 あなたがたは、わたしの試錬しれんのあいだ、わたしと一緒いっしょに最後さいごまで忍しのんでくれた人ひとたちである。

使徒行伝(1か所)

使徒24:4 しかし、ご迷惑めいわくをかけないように、くどくどと述のべずに、手短てみじかに申もうし上あげますから、どうぞ、忍しのんでお聞き取りききとりのほど、お願ねがいいたします。

ローマ人への手紙(1か所)

ローマ9:22 もし、神かみが怒いかりをあらわし、かつ、ご自身じしんの力ちからを知しらせようと思おもわれつつも、滅ほろびることになっている怒いかりの器うつわを、大おおいなる寛容かんようをもって忍しのばれたとすれば、

コリント人への第一の手紙(2か所)

コリント第一9:12 もしほかの人々ひとびとが、あなたがたに対たいするこの権利けんりにあずかっているとすれば、わたしたちはなおさらのことではないか。しかしわたしたちは、この権利けんりを利用りようせず、かえってキリストの福音ふくいんの妨さまたげにならないようにと、すべてのことを忍しのんでいる。

コリント第一13:7 そして、すべてを忍しのび、すべてを信しんじ、すべてを望のぞみ、すべてを耐たえる。

コリント人への第二の手紙(4か所)

コリント第二11:1 わたしが少すこしばかり愚おろかなことを言いうのを、どうか、忍しのんでほしい。もちろん忍しのんでくれるのだ。

コリント第二11:4 というのは、もしある人ひとがきて、わたしたちが宣のべ伝つたえもしなかったような異ことなるイエスを宣のべ伝つたえ、あるいは、あなたがたが受うけたことのない違ちがった霊れいを受うけ、あるいは、受うけいれたことのない違ちがった福音ふくいんを聞きく場合ばあいに、あなたがたはよくもそれを忍しのんでいる。

コリント第二11:19 あなたがたは賢かしこい人ひとたちなのだから、喜よろこんで愚おろか者ものを忍しのんでくれるだろう。

コリント第二11:20 実際じっさい、あなたがたは奴隷どれいにされても、食くい倒たおされても、略奪りゃくだつされても、いばられても、顔かおをたたかれても、それを忍しのんでいる。

エペソ人への手紙(1か所)

エペソ4:2 できる限かぎり謙虚けんきょで、かつ柔和にゅうわであり、寛容かんようを示ししめし、愛あいをもって互たがいに忍しのびあい、

コロサイ人への手紙(2か所)

コロサイ1:11 更さらにまた祈いのるのは、あなたがたが、神かみの栄光えいこうの勢いいきおいにしたがって賜たまわるすべての力ちからによって強つよくされ、何事なにごとも喜よろこんで耐たえかつ忍しのび、

コロサイ3:13 互たがいに忍しのびあい、もし互たがいに責せめむべきことがあれば、ゆるし合あいなさい。主しゅもあなたがたをゆるして下くださったのだから、そのように、あなたがたもゆるし合あいなさい。

テモテへの第二の手紙(2か所)

テモテ第二2:24 主しゅの僕ぼくたる者ものは争あらそってはならない。だれに対たいしても親切しんせつであって、よく教おしえ、よく忍しのび、

テモテ第二4:5 しかし、あなたは、何事なにごとにも慎つつしみ、苦難くなんを忍しのび、伝道でんどう者しゃのわざをなし、自分じぶんの務むを全まっとうしなさい。

ヘブル人への手紙(2か所)

ヘブル10:34 さらに獄ごくに入いれられた人々ひとびとを思おもいやり、また、もっとまさった永遠えいえんの宝たからを持もっていることを知しって、自分じぶんの財産ざいさんが奪うばわれても喜よろこんでそれを忍しのんだ。

ヘブル12:2 信仰しんこうの導みちびき手てであり、またその完成かんせい者しゃであるイエスを仰あおぎ見みつつ、走はしろうではないか。彼かれは、自分じぶんの前まえにおかれている喜よろこびのゆえに、恥はじをもいとわないで十字じゅうじ架かを忍しのび、神かみの御座ぎょざの右みぎに座ざするに至いたったのである。

ヤコブの手紙(2か所)

ヤコブ1:12 試錬しれんを耐たえ忍しのぶ人ひとは、さいわいである。それを忍しのびとおしたなら、神かみを愛あいする者ものたちに約束やくそくされたいのちの冠かんむりを受うけるであろう。

ヤコブ5:11 忍しのび抜ぬいた人ひとたちはさいわいであると、わたしたちは思おもう。あなたがたは、ヨブの忍耐にんたいのことを聞きいている。また、主しゅが彼かれになさったことの結末けつまつを見みて、主しゅがいかに慈愛じあいとあわれみとに富とんだかたであるかが、わかるはずである。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一2:20 悪わるいことをして打うちたたかれ、それを忍しのんだとしても、なんの手柄てがらになるのか。しかし善ぜんを行おこなって苦くるしみを受うけ、しかもそれを耐たえ忍しのんでいるとすれば、これこそ神かみによみせられることである。

ヨハネの黙示録(1か所)

黙示録2:3 あなたは忍耐にんたいをし続つづけ、わたしの名なのために忍しのびとおして、弱よわり果はてることがなかった。

語句索引に戻る