「当てる」(あてる)が出てくる聖書の箇所

「当てる」(あてる)は日常訳第1版の32か所(旧約26・新約6)に出てきます。「あてる」「宛てる」も含みます。口語訳では41か所。

口語訳で読む · 語句検索で探す

出エジプト記(1か所)

出エジプト20:25 もしわたしのために石いしで祭壇さいだんを築きずくなら、切きり出だした石いしで築きずいてはならない。石いしにのみを当あてれば、その石いしを汚けがすことになるからだ。

民数記(1か所)

民数記6:5 身みをささげる誓ちかいの間あいだは、頭あたまにかみそりを当あててはならない。主しゅのために身みをささげた期間きかんが終おわるまで、その人ひとは聖せいなる者ものであり、髪かみを伸のばし放題ほうだいにしておく。

申命記(1か所)

申命記27:5 またそこに、あなたの神かみである主しゅのために祭壇さいだんを築ききずきなさい。石いしの祭壇さいだんである。その石いしに鉄てつの道具どうぐを当あててはならない。

ヨシュア記(1か所)

ヨシュア記8:31 これは、主しゅのしもべモーセがイスラエルの人々ひとびとに命めいじたとおり、モーセの律法りっぽうの書しょに記しるされているとおりの祭壇さいだんだった。切きり出だしたままの石いしで築きずかれ、鉄てつの道具どうぐはいっさい当あてられていなかった。人々ひとびとはその上うえで、主しゅに焼やき尽つくすいけにえをささげ、和解わかいのいけにえもささげた。

士師記(3か所)

士師記13:5 いいか、あなたはみごもって、男おとこの子こを産うむ。その子この頭あたまに、かみそりを当あててはならない。その子こは、生うまれる前まえから神かみにささげられた者もの、ナジル人にんになるからだ。そしてこの子こが、イスラエルをペリシテ人びとの手てから救すくい出だす働はたらきを始はじめるのだ。」

士師記16:17 とうとうサムソンは、心こころのうちをすべて打うち明あけた。「わたしの頭あたまには一いち度どもかみそりが当あてられたことがない。わたしは母ははの胎はらにいたときから、神かみにささげられた特別とくべつな者ものだからだ。もし髪かみをそり落おとされたら、わたしの力ちからは抜ぬけてしまう。そうなればわたしは弱よわくなって、ほかのだれとも変かわらない普通ふつうの人間にんげんになってしまう。」

士師記18:19 五ご人にんは言いった。「黙だまって。口くちに手てを当あてて、いっしょに来きてくれ。おれたちの父ちちとなり、祭司さいしになってほしい。一人ひとりの家いえの祭司さいしでいるのと、イスラエルの一ひとつの部族ぶぞく、一ひとつの氏族しぞくの祭司さいしになるのと、どっちがいい。」

サムエル記上(1か所)

サムエル第一1:11 そして、こう誓ちかいを立たてた。「万まん軍ぐんの主しゅよ。あなたのしもべであるわたしの苦くるしみに目めを留とめ、わたしを覚おぼえて、忘わすれないでください。もし、あなたのしもべに男おとこの子こを与あたえてくださるなら、わたしはその子こを、一生いっしょうのあいだ主しゅにささげます。その子この頭あたまには、決けっしてかみそりを当あてません。」

サムエル記下(1か所)

サムエル第二13:19 タマルは頭あたまに灰はいをかぶり、着きていたそでの長ながい上着うわぎを引ひき裂さいた。そして頭あたまに手てを当あてて、大声おおごえで泣なきながら歩あるいて行いった。

列王紀上(1か所)

列王紀上20:38 預言よげん者しゃは行いって、道みちのそばで王おうを待まった。そして、目めに包帯ほうたいを当あてて変装へんそうした。

列王紀下(3か所)

列王紀下12:12 石いしを切きり出だす職人しょくにんや石工せっこうにも支払しはらった。また、主しゅの神殿しんでんの傷いたんだ箇所かしょを直なおすための木材もくざいや切きり石いしを買かい、神殿しんでんの修理しゅうりにかかるすべての費用ひようにあてた。

列王紀下20:7 イザヤは言いった。「干ほしいちじくのかたまりを持もってきなさい。」人々ひとびとがそれを持もってきて、腫はれ物ものに当あてると、ヒゼキヤは回復かいふくした。

列王紀下21:13 わたしはエルサレムに、サマリアを測はかったのと同おなじ測はかりなわを張はり、アハブの家いえを量はかったのと同おなじ下さげ振ふりをあてる。そして、皿さらをぬぐって裏返うらがえすように、わたしはエルサレムをぬぐい去さる。

エズラ記(1か所)

エズラ記2:42 門もんを守まもる人ひとたち。シャルム、アテル、タルモン、アクブ、ハティタ、ショバイの一族いちぞくで、合あわせて百ひゃく三十さんじゅう九きゅう人にん。

ネヘミヤ記(2か所)

ネヘミヤ記7:45 門番もんばん。シャルム、アテル、タルモン、アクブ、ハティタ、ショバイの子孫しそん、百ひゃく三十さんじゅう八はち人にん。

ネヘミヤ記10:17 アテル、ヒゼキヤ、アズル、

エステル記(2か所)

エステル記3:12 第だい一いちの月つきの十じゅう三さん日にちに、王おうの書記しょき官かんたちが呼よび集あつめられた。そして、ハマンが命めいじたとおりのことがすべて書かき記しるされた。それは、王おうの総督そうとくたち、各州かくしゅうを治おさめる長官ちょうかんたち、それぞれの民族みんぞくの首長しゅちょうたちにあてたもので、州しゅうごとにその文字もじで、民族みんぞくごとにその言葉ことばで書かかかれた。それはアハシュエロス王おうの名なで書かかかれ、王おうの指輪ゆびわで封印ふういんされた。

エステル記8:9 そこで、その時とき、第だい三さんの月つき、つまりシワンの月つきの二十にじゅう三さん日にちに、王おうの書記しょき官かんたちが呼よばれた。そして、モルデカイが命めいじたとおりに、すべてが書かき記しるされた。それはユダヤ人じんと、インドからエチオピアまでの百ひゃく二十にじゅう七なな州しゅうの総督そうとくや長官ちょうかんや役人やくにんたちに宛あてたものだった。各かく州しゅうにはその文字もじで、各かく民族みんぞくにはその言葉ことばで、そしてユダヤ人じんにはその文字もじとその言葉ことばで書かかかれた。

ヨブ記(2か所)

ヨブ記10:3 あなたは人ひとを苦くるしめ、自分じぶんの手てで造つくったものを見捨みすて、悪人あくにんの企くわだてには光ひかりを当あてる。それがあなたには良よいことなのか。

ヨブ記29:9 君主くんしゅたちも話はなすのをやめて、口くちに手てを当あてた。

箴言(1か所)

箴言23:2 もし食欲しょくよくを抑おさえられない人ひとなら、自分じぶんののどにナイフを当あてるくらいの気持きもちでいなさい。

イザヤ書(1か所)

イザヤ書44:13 木きを削けずる職人しょくにんは、ものさしを当あてて線せんを引ひき、とがった道具どうぐで形かたちをしるし、かんなで削けずり、コンパスで印しるしをつける。そうして人ひとの姿すがたに、美うつくしい人間にんげんの形かたちに彫ほり上あげ、家いえに置おくために造つくる。

エレミヤ書(3か所)

エレミヤ書29:1 これは、預言よげん者しゃエレミヤがエルサレムから送おくった手紙てがみの言葉ことばである。ネブカドネツァルがエルサレムからバビロンへ連つれ去さった、生いき残のこった長老ちょうろうたちや、祭司さいし、預言よげん者しゃ、そしてすべての民たみに宛あてたものだった。

エレミヤ書30:6 尋たずねて、よく見みてみよ。男おとこが子こを産うむだろうか。それなのに、なぜどの男おとこも、産うみの苦くるしみにある女おんなのように、手てを腰こしに当あてているのか。なぜ、どの顔かおも青あおざめているのか。

エレミヤ書38:12 クシュ人にんエベド・メレクはエレミヤに言いった。「この古ふるい布切ぬのきれやぼろ着ぎを、綱つなの下もと、脇わきの下したにあててください。」エレミヤはそのとおりにした。

エゼキエル書(1か所)

エゼキエル書5:1 人ひとの子こよ、鋭するどい刃物はものを取とりなさい。それを床屋とこやのかみそりとして、自分じぶんの頭あたまと髭ひげにあてて剃そりなさい。そして、はかりを取とって、その毛けを量はかり分わけなさい。

マタイによる福音書(1か所)

マタイ9:16 だれも、真新まあたらしい布切ぬのきれで古ふるい服ふくのつぎを当あてたりはしない。そんなことをすれば、あてた布ぬのが服ふくを引ひっぱって、破やぶれはもっとひどくなるからだ。

マルコによる福音書(2か所)

マルコ8:23 イエスはその人ひとの手てを取とって、村むらの外そとへ連つれ出だした。そして、その目めにつばをつけ、両手りょうてを当あてて、「何なんか見みえるか」とたずねた。

マルコ8:25 イエスがもう一いち度どその目めに両手りょうてを当あてると、その人ひとははっきり見みえるようになった。目めが治なおって、すべてがくっきりと見みえたのだ。

ルカによる福音書(1か所)

ルカ5:36 イエスはさらに、彼かれらにたとえを話はなした。「新あたらしい服ふくを切きり取とって、古ふるい服ふくに継つぎを当あてる人ひとはいない。そんなことをすれば、新あたらしい服ふくは破やぶれてしまうし、新あたらしい服ふくから取とった継つぎは古ふるい服ふくには合あわない。

ヨハネによる福音書(1か所)

ヨハネ20:27 それからトマスに言いった。「あなたの指ゆびをここに当あてて、わたしの手てを見みなさい。手てを伸のばして、わたしの脇わきに入いれてみなさい。信しんじない者ものではなく、信しんじる者ものになりなさい。」

テモテへの第一の手紙(1か所)

テモテ第一4:2 そういう教おしえは、嘘うそつきな者ものたちの見みせかけからやってくる。彼かれらの良心りょうしんは、焼やきごてを当あてられたように何なんも感かんじなくなっている。

語句索引に戻る