「奇跡」(きせき)が出てくる聖書の箇所
「奇跡」(きせき)は日常訳第1版の29か所(旧約12・新約17)に出てきます。口語訳では27か所。
出エジプト記(1か所)
出エジプト15:11 主よ、神々の中で、あなたのような方がほかにいるだろうか。聖なることにおいて輝き、恐れられ、ほめたたえられる方。奇跡を行う方。あなたのような方が、どこにいるだろうか。
歴代志上(1か所)
歴代志上16:12 その方が行った素晴らしいわざを思い出そう。数々の奇跡と、その口から出たさばきを。
ネヘミヤ記(1か所)
ネヘミヤ記9:17 彼らは聞くことを拒み、あなたが彼らのために行った数々の奇跡を思い出しませんでした。強情になり、自分たちのかしらを立てて、もとの奴隷の身にもどろうと反抗しました。でも、あなたは赦しの神、恵み深く、あわれみに満ち、怒るのに遅く、慈しみにあふれた方です。だから、あなたは彼らを見捨てませんでした。
詩篇(9か所)
詩篇40:5 主よ、わたしの神よ。あなたが行った奇跡、わたしたちへの思いは、あまりにも多い。あなたに並ぶものはない。それを語り伝えようとしても、多すぎて数えきれない。
詩篇77:14 あなたこそ、奇跡を行う神。その力を、もろもろの民に示された。
詩篇88:10 死んだ人に、あなたは奇跡を起こすのだろうか。死者は起き上がって、あなたをたたえるだろうか。セラ
詩篇88:12 暗やみの中で、あなたの奇跡が知られるだろうか。すべてが忘れ去られる地で、あなたの義が知られるだろうか。
詩篇105:5 主が行われた不思議なわざを思い出そう。その奇跡と、主の口が下したさばきを。
詩篇105:27 主は彼らの間で数々のしるしを行い、ハムの地で奇跡を起こした。
詩篇106:22 ハムの地での数々の奇跡、紅海でのおそろしいわざを。
詩篇111:4 主は、その奇跡を人々の記憶に刻まれた。主は恵み深く、あわれみに満ちている。
詩篇145:5 わたしはあなたの輝くばかりの威光を語る。その素晴らしい奇跡の数々を語り伝える。
マタイによる福音書(6か所)
マタイ7:22 その日、多くの人がわたしにこう言うだろう。「主よ、主よ、わたしたちはあなたの名によって神の言葉を語り、あなたの名によって悪霊を追い出し、あなたの名によっていくつもの奇跡を行ったではありませんか。」
マタイ11:20 そのころイエスは、いちばん多くの奇跡を見せた町々を責めはじめた。人々が心を入れかえなかったからだ。
マタイ11:21 「災いだ、コラジンよ。災いだ、ベツサイダよ。あなたたちの間で行われた数々の奇跡が、もしティルスとシドンで行われていたら、その町の人たちはとっくの昔に、粗い布を身にまとい、灰をかぶって、心を入れ替えていたはずだ。
マタイ11:23 また、カファルナウム、あなたは天まで上げられるとでも思っているのか。あなたは陰府にまで落とされる。あなたの町で行われた数々の奇跡が、もしソドムで行われていたら、その町は今日まで残っていたはずだ。
マタイ12:39 イエスは答えられた。「今の時代の人たちは悪く、神に背いている。奇跡のしるしを求めているが、彼らに与えられるしるしは、預言者ヨナのしるしのほかにはない。
マタイ13:58 だが、人々が信じようとしなかったので、そこでは奇跡をたくさんはなさらなかった。
マルコによる福音書(3か所)
マルコ6:2 安息日になると、イエスは会堂で教え始めた。それを聞いた大勢の人は驚いて言った。「この人はどこでこんなことを身につけたのだろう。この知恵はいったい何だ。その手で、こんな数々の奇跡まで起こしている。
マルコ6:5 そのため、イエスはそこでは何一つ奇跡を起こすことができず、ただ何人かの病人に手を置いていやしただけだった。
マルコ9:39 イエスは言った。「やめさせてはいけない。わたしの名で奇跡を行う者が、その後すぐにわたしの悪口を言うことなんてできないのだから。
ルカによる福音書(1か所)
ルカ10:13 コラジンよ、あなたは不幸だ。ベツサイダよ、あなたは不幸だ。あなたたちの間で行われた奇跡が、もしティルスとシドンで行われていたら、その町の人たちはとっくに荒布をまとい、灰をかぶって座り、心を入れ替えていたはずだ。
使徒行伝(4か所)
使徒6:8 さて、ステファノは恵みと力に満ちていて、人々の間で数々の驚くべきしるしや奇跡を行っていた。
使徒8:6 群衆は、フィリポの話に耳を傾け、彼が行う奇跡を目にして、心を一つにして聞き入った。
使徒8:13 シモン自身も信じて洗礼を受けた。そして、いつもフィリポについて回った。次々と起こるしるしや大きな奇跡を見て、驚いてばかりいた。
使徒19:11 神は、パウロの手を通して、並外れた奇跡を次々に行われた。
コリント人への第一の手紙(3か所)
コリント第一12:10 ある人には奇跡を行う力が、ある人には預言が、ある人には霊を見分ける力が、ある人にはいろいろな種類の異言が、ある人にはその異言を解き明かす力が与えられる。
コリント第一12:28 神は教会の中に、いろいろな役割を置いてくださった。まず使徒、次に預言者、三番目に教師。それから奇跡を行う力、病気を治す賜物、人を助ける働き、まとめて導く働き、さまざまな種類の言葉を語る力だ。
コリント第一12:29 みんなが使徒なのだろうか。みんなが預言者なのだろうか。みんなが教師なのだろうか。みんなが奇跡を行う力を持っているのだろうか。