「大通り」(おおどおり)が出てくる聖書の箇所
「大通り」(おおどおり)は日常訳第1版の11か所(旧約3・新約8)に出てきます。口語訳では9か所。
箴言(1か所)
箴言26:13 怠け者は言う。「道にライオンがいる。大通りに獅子がいる」と。
イザヤ書(1か所)
イザヤ書7:3 主はイザヤに言った。「さあ、あなたの子シェアル・ヤシュブを連れて、アハズを迎えに行きなさい。上の池の水路の端、布をさらす畑に通じる大通りのところへ行くのだ。
エレミヤ書(1か所)
エレミヤ書31:21 自分のために道しるべを立て、標識を置きなさい。あなたが通ってきた大通りに心を向けなさい。帰って来なさい、おとめイスラエルよ。あなたのこれらの町に帰って来なさい。
マタイによる福音書(3か所)
マタイ6:5 祈るときには、偽善者たちのようになってはいけない。彼らは人に見せようとして、会堂や大通りの角に立って祈るのが好きなんだ。よく言っておく。彼らはもう自分の報いをちゃんと受け取ってしまっている。
マタイ12:19 争ったり、叫んだりしない。大通りでその声を聞く人もいない。
マタイ22:9 だから、大通りに出て行って、出会った人はだれでも婚礼の宴に招きなさい。」
ルカによる福音書(1か所)
ルカ10:10 でも、どこかの町に入って、迎え入れてもらえなかったら、その町の大通りに出て、こう言いなさい。
使徒行伝(1か所)
使徒5:15 そのため、人々は病人を大通りまで運び出し、寝台や敷物の上に寝かせた。ペテロが通りかかるとき、せめてその影だけでも、だれかにかかるようにと願ったのだ。
ヨハネの黙示録(3か所)
黙示録11:8 彼らの死体は、大きな都の大通りにさらされる。この都は、たとえて言えばソドムとかエジプトと呼ばれ、彼らの主が十字架につけられた場所でもある。
黙示録21:21 また、十二の門は十二の真珠でできていて、それぞれの門が一つの真珠からできていた。そして都の大通りは、透きとおったガラスのような純金だった。
黙示録22:2 川は町の大通りの真ん中を流れていた。その両岸には命の木が立っていて、年に十二回、毎月実をみのらせていた。そしてその葉は、あらゆる民族を癒やすためのものだった。