「報酬」(ほうしゅう)が出てくる聖書の箇所
「報酬」(ほうしゅう)は口語訳の21か所(旧約12・新約9)に出てきます。日常訳第1版では25か所。
創世記(7か所)
創世記29:15 時にラバンはヤコブに言った、「あなたはわたしのおいだからといって、ただでわたしのために働くこともないでしょう。どんな報酬を望みますか、わたしに言ってください」。
創世記30:28 また言った、「あなたの報酬を申し出てください。わたしはそれを払います」。
創世記30:32 わたしはきょう、あなたの群れをみな回ってみて、その中からすべてぶちとまだらの羊、およびすべて黒い小羊と、やぎの中のまだらのものと、ぶちのものとを移しますが、これをわたしの報酬としましょう。
創世記30:33 あとで、あなたがきて、あなたの前でわたしの報酬をしらべる時、わたしの正しい事が証明されるでしょう。もしも、やぎの中にぶちのないもの、まだらでないものがあったり、小羊の中に黒くないものがあれば、それはみなわたしが盗んだものとなるでしょう」。
創世記31:7 しかし、あなたがたの父はわたしを欺いて、十度もわたしの報酬を変えた。けれども神は彼がわたしに害を加えることをお許しにならなかった。
創世記31:8 もし彼が、『ぶちのものはあなたの報酬だ』と言えば、群れは皆ぶちのものを産んだ。もし彼が、『しまのあるものはあなたの報酬だ』と言えば、群れは皆しまのあるものを産んだ。
創世記31:41 わたしはこの二十年あなたの家族のひとりでありました。わたしはあなたのふたりの娘のために十四年、またあなたの群れのために六年、あなたに仕えましたが、あなたは十度もわたしの報酬を変えられました。
出エジプト記(1か所)
出エジプト2:9 パロの娘は彼女に言った、「この子を連れて行って、わたしに代り、乳を飲ませてください。わたしはその報酬をさしあげます」。女はその子を引き取って、これに乳を与えた。
民数記(1か所)
民数記18:31 あなたがたと、あなたがたの家族とは、どこでそれを食べてもよい。これは会見の幕屋であなたがたがする働きの報酬である。
エゼキエル書(1か所)
エゼキエル書29:20 彼の働いた報酬として、わたしはエジプトの地を彼に与える。彼らはわたしのために、これをしたからであると、主なる神は言われる。
ダニエル書(1か所)
ダニエル書2:6 しかし、その夢とその解き明かしとを示すならば、贈り物と報酬と大いなる栄誉とを、わたしから受けるだろう。それゆえその夢とその解き明かしとを、わたしに示しなさい」。
ホセア書(1か所)
ホセア書2:12 わたしはまた彼女が先に『これはわたしの恋人らが、わたしに与えた報酬だ』と言った彼女のぶどうの木と、いちじくの木とを荒し、これを林とし、野の獣にこれを食わせる。
ヨハネによる福音書(1か所)
ヨハネ4:36 刈る者は報酬を受けて、永遠の命に至る実を集めている。まく者も刈る者も、共々に喜ぶためである。
使徒行伝(1か所)
使徒1:18 彼は不義の報酬で、ある地所を手に入れたが、そこへまっさかさまに落ちて、腹がまん中から引き裂け、はらわたがみな流れ出てしまった。
ローマ人への手紙(2か所)
ローマ4:4 いったい、働く人に対する報酬は、恩恵としてではなく、当然の支払いとして認められる。
ローマ6:23 罪の支払う報酬は死である。しかし神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスにおける永遠のいのちである。
コリント人への第一の手紙(4か所)
コリント第一3:8 植える者と水をそそぐ者とは一つであって、それぞれその働きに応じて報酬を得るであろう。
コリント第一3:14 もしある人の建てた仕事がそのまま残れば、その人は報酬を受けるが、
コリント第一9:17 進んでそれをすれば、報酬を受けるであろう。しかし、進んでしないとしても、それは、わたしにゆだねられた務なのである。
コリント第一9:18 それでは、その報酬はなんであるか。福音を宣べ伝えるのにそれを無代価で提供し、わたしが宣教者として持つ権利を利用しないことである。
テモテへの第一の手紙(1か所)
テモテ第一5:18 聖書は、「穀物をこなしている牛に、くつこをかけてはならない」また「働き人がその報酬を受けるのは当然である」と言っている。