「問題」(もんだい)が出てくる聖書の箇所
「問題」(もんだい)は口語訳の13か所(旧約1・新約12)に出てきます。日常訳第1版では19か所。
サムエル記下(1か所)
サムエル第二21:4 ギベオンびとは彼に言った、「これはわれわれと、サウルまたはその家との間の金銀の問題ではありません。またイスラエルのうちのひとりでも、われわれが殺そうというのでもありません」。ダビデは言った、「わたしがあなたがたのために何をすればよいと言うのですか」。
使徒行伝(7か所)
使徒15:2 そこで、パウロやバルナバと彼らとの間に、少なからぬ紛糾と争論とが生じたので、パウロ、バルナバそのほか数人の者がエルサレムに上り、使徒たちや長老たちと、この問題について協議することになった。
使徒15:6 そこで、使徒たちや長老たちが、この問題について審議するために集まった。
使徒18:15 これは諸君の言葉や名称や律法に関する問題なのだから、諸君みずから始末するがよかろう。わたしはそんな事の裁判人にはなりたくない」。
使徒23:29 ところが、彼はユダヤ人の律法の問題で訴えられたものであり、なんら死刑または投獄に当る罪のないことがわかりました。
使徒25:19 ただ、彼と争い合っているのは、彼ら自身の宗教に関し、また、死んでしまったのに生きているとパウロが主張しているイエスなる者に関する問題に過ぎない。
使徒25:20 これらの問題を、どう取り扱ってよいかわからなかったので、わたしは彼に、『エルサレムに行って、これらの問題について、そこでさばいてもらいたくはないか』と尋ねてみた。
使徒26:3 あなたは、ユダヤ人のあらゆる慣例や問題を、よく知り抜いておられるかたですから、わたしの申すことを、寛大なお心で聞いていただきたいのです。
コリント人への第一の手紙(1か所)
コリント第一7:19 割礼があってもなくても、それは問題ではない。大事なのは、ただ神の戒めを守ることである。
コリント人への第二の手紙(1か所)
コリント第二7:11 見よ、神のみこころに添うたその悲しみが、どんなにか熱情をあなたがたに起させたことか。また、弁明、義憤、恐れ、愛慕、熱意、それから処罰に至らせたことか。あなたがたはあの問題については、すべての点において潔白であることを証明したのである。
ガラテヤ人への手紙(3か所)
ガラテヤ2:6 そして、かの「重だった人たち」からは――彼らがどんな人であったにしても、それは、わたしには全く問題ではない。神は人を分け隔てなさらないのだから――事実、かの「重だった人たち」は、わたしに何も加えることをしなかった。
ガラテヤ5:6 キリスト・イエスにあっては、割礼があってもなくても、問題ではない。尊いのは、愛によって働く信仰だけである。
ガラテヤ6:15 割礼のあるなしは問題ではなく、ただ、新しく造られることこそ、重要なのである。