「味方」(みかた)が出てくる聖書の箇所

「味方」(みかた)は口語訳の18か所(旧約11・新約7)に出てきます。日常訳第1版では34か所。

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出エジプト記(1か所)

出エジプト1:10 さあ、われわれは、抜ぬかりなく彼かれらを取とり扱あつかおう。彼かれらが多おおくなり、戦たたかいの起おこるとき、敵てきに味方みかたして、われわれと戦たたかい、ついにこの国くにから逃にげ去さることのないようにしよう」。

サムエル記上(1か所)

サムエル第一13:6 イスラエルびとは、ひどく圧迫あっぱくされ、味方みかたが危あやうくなったのを見みて、ほら穴あなに、縦穴たてあなに、岩いわに、墓はかに、ため池いけに身みを隠かくした。

サムエル記下(1か所)

サムエル第二20:11 時ときにヨアブの若者わかもののひとりがアマサのかたわらに立たって言いった、「ヨアブに味方みかたする者もの、ダビデにつく者ものはヨアブのあとに従したがいなさい」。

列王紀上(2か所)

列王紀上2:22 ソロモン王おうは答こたえて母ははに言いった、「どうしてアドニヤのためにシュナミびとアビシャグを求もとめられるのですか。彼かれのためには国くにをも求もとめなさい。彼かれはわたしの兄あにで、彼かれの味方みかたには祭司さいしアビヤタルとゼルヤの子こヨアブがいるのですから」。

列王紀上20:16 彼かれらは昼ひるごろ出でていったが、ベネハダデは仮かり小屋こやで、味方みかたの三十さんじゅう二に人にんの王おうたちと共ともに酒さけを飲のんで酔よっていた。

列王紀下(2か所)

列王紀下9:32 するとエヒウは顔かおをあげて窓まどにむかい、「だれか、わたしに味方みかたする者ものがあるか。だれかあるか」と言ゆうと、二、三にさん人にんの宦官かんがんがエヒウを望のぞみ見みたので、

列王紀下10:6 そこでエヒウは再ふたたび彼かれらに手紙てがみを書かき送おくって言いった、「もしあなたがたが、わたしに味方みかたし、わたしに従したがおうとするならば、あなたがたの主君しゅくんの子供こどもたちの首くびを取とって、あすの今いまごろエズレルにいるわたしのもとに持もってきなさい」。そのころ、王おうの子供こどもたち七十ななじゅう人にんは彼かれらを育そだてていた町まちのおもだった人々ひとびとと共ともにいた。

歴代志上(1か所)

歴代志上19:19 ハダデゼルのしもべたちは味方みかたの者ものがイスラエルに打うち敗やぶられたのを見みて、ダビデと和わを講こうじ、彼かれに仕つかえた。スリヤびとは再ふたたびアンモンびとを助たすけることをしなかった。

ヨブ記(1か所)

ヨブ記19:27 しかもわたしの味方みかたとして見みるであろう。わたしの見みる者ものはこれ以外いがいのものではない。わたしの心こころはこれを望のぞんでこがれる。

詩篇(2か所)

詩篇118:6 主しゅがわたしに味方みかたされるので、恐おそれることはない。人ひとはわたしに何なんをなし得えようか。

詩篇118:7 主しゅはわたしに味方みかたし、わたしを助たすけられるので、わたしを憎にくむ者ものについての願ねがいを見みるであろう。

マタイによる福音書(1か所)

マタイ12:30 わたしの味方みかたでない者ものは、わたしに反対はんたいするものであり、わたしと共ともに集あつめない者ものは、散ちらすものである。

マルコによる福音書(1か所)

マルコ9:40 わたしたちに反対はんたいしない者ものは、わたしたちの味方みかたである。

ルカによる福音書(2か所)

ルカ9:50 イエスは彼かれに言いわれた、「やめさせないがよい。あなたがたに反対はんたいしない者ものは、あなたがたの味方みかたなのである」。

ルカ11:23 わたしの味方みかたでない者ものは、わたしに反対はんたいするものであり、わたしと共ともに集あつめない者ものは、散ちらすものである。

ヨハネによる福音書(1か所)

ヨハネ19:12 これを聞きいて、ピラトはイエスを許ゆるそうと努つとめた。しかしユダヤ人にんたちが叫さけんで言いった、「もしこの人ひとを許ゆるしたなら、あなたはカイザルの味方みかたではありません。自分じぶんを王おうとするものはすべて、カイザルにそむく者ものです」。

ローマ人への手紙(1か所)

ローマ8:31 それでは、これらの事ことについて、なんと言いおうか。もし、神かみがわたしたちの味方みかたであるなら、だれがわたしたちに敵てきし得えようか。

テモテへの第二の手紙(1か所)

テモテ第二4:16 わたしの第だい一いち回かいの弁明べんめいの際さいには、わたしに味方みかたをする者ものはひとりもなく、みなわたしを捨すてて行いった。どうか、彼かれらが、そのために責せめられることがないように。

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