「友だち」(ともだち)が出てくる聖書の箇所
「友だち」(ともだち)は日常訳第1版の17か所(旧約9・新約8)に出てきます。「友達」も含みます。口語訳では15か所。
士師記(4か所)
士師記11:37 娘は父に言った。「一つだけお願いがあります。二か月の間、わたしをそっとしておいてください。友だちと一緒に山へ行き、結婚できないまま死んでいくわたしのことを泣かせてください。」
士師記11:38 父は「行きなさい」と言って、娘を二か月の間送り出した。娘は友だちと一緒に山へ行き、結婚できないまま死んでいく自分のことを泣いた。
士師記15:2 父はこう言った。「あんたは妻を心底きらったんだとばかり思っていた。それであの子は、あんたの友だちにやってしまったんだ。妹のほうがきれいだろう。姉さんの代わりに、あの子をもらってくれないか。」
士師記15:6 ペリシテ人たちは「だれがこんなことをしたんだ」と言い合った。そして「ティムナ人の婿のサムソンだ。妻を取り上げられ、友だちにやられたからだ」とわかった。すると、ペリシテ人たちは押しかけて、その女とその父を火で焼き殺した。
ヨブ記(1か所)
ヨブ記12:4 わたしは神に呼びかけ、答えてもらえた者だ。それなのに、友だちの笑いものになっている。正しく、非のうちどころのない人間が、笑いものにされているんだ。
箴言(3か所)
箴言14:20 貧しい人は、隣人からさえ嫌われる。でも、お金持ちには、たくさんの友だちがいる。
箴言18:24 友達が多くても、身を滅ぼすことがある。でも、兄弟よりも親しく寄り添ってくれる友もいる。
箴言19:7 貧しい人は、兄弟姉妹みんなからさえ嫌われる。まして友だちなら、なおさら遠ざかっていく。言葉をかけて追いかけても、返ってくるものはない。
哀歌(1か所)
哀歌1:2 この町は夜になると激しく泣き、涙が頬を伝う。あんなに親しかった者たちの中に、慰めてくれる者は一人もいない。友だちはみな裏切り、敵になってしまった。
ルカによる福音書(7か所)
ルカ11:5 そしてイエスは言った。「あなたたちの誰かに友達がいるとする。その友達のところへ真夜中に行って、こう頼んだとしよう。『ねえ、パンを三つ貸してくれないか。
ルカ11:6 旅の途中の友達がうちに来たのに、出せるものが何もないんだ。』
ルカ11:7 すると、その友達は家の中から答える。『面倒をかけないでくれ。もう戸は閉めたし、子どもたちも一緒に寝ているんだ。今さら起きて渡すことなんてできないよ。』
ルカ11:8 でも、言っておく。友達だからという理由では起きて渡さなくても、しつこく頼まれるので、結局は起き上がって、必要なものをぜんぶ与えるだろう。
ルカ15:29 でも兄は父に言い返した。『いいですか、わたしはこんなに長い年月あなたのために働いて、一度も言いつけにそむいたことはありません。それなのに、あなたは友だちと楽しむための子やぎ一匹さえ、くれたことがなかった。
ルカ16:9 だから、あなたたちに言っておく。不正にまみれたお金を使ってでも、友だちをつくりなさい。そうすれば、お金がなくなったとき、その友だちがあなたたちを永遠の住まいに迎え入れてくれる。
ルカ23:12 この日、ヘロデとピラトは仲直りして友だちになった。それまで二人は、互いに敵対していたのだ。
ヨハネによる福音書(1か所)
ヨハネ11:11 イエスはこう話したあと、こう続けた。「わたしたちの友だちのラザロは眠ってしまった。でも、わたしは彼を起こしに行く」