「偽善」(ぎぜん)が出てくる聖書の箇所

「偽善」(ぎぜん)は口語訳の25か所(旧約1・新約24)に出てきます。日常訳第1版では19か所。

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詩篇(1か所)

詩篇26:4 わたしは偽いつわる人々ひとびとと共ともにすわらず、偽善ぎぜん者しゃと交まじわらず、

マタイによる福音書(15か所)

マタイ6:2 だから、施ほどこしをする時ときには、偽善ぎぜん者しゃたちが人ひとにほめられるため会堂かいどうや町まちの中なかでするように、自分じぶんの前まえでラッパを吹ふきならすな。よく言いっておくが、彼かれらはその報むくいを受うけてしまっている。

マタイ6:5 また祈いのる時ときには、偽善ぎぜん者しゃたちのようにするな。彼かれらは人ひとに見みせようとして、会堂かいどうや大通おおどおりのつじに立たって祈いのることを好このむ。よく言いっておくが、彼かれらはその報むくいを受うけてしまっている。

マタイ6:16 また断食だんじきをする時ときには、偽善ぎぜん者しゃがするように、陰気いんきな顔かおつきをするな。彼かれらは断食だんじきをしていることを人ひとに見みせようとして、自分じぶんの顔かおを見苦みぐるしくするのである。よく言いっておくが、彼かれらはその報むくいを受うけてしまっている。

マタイ7:5 偽善ぎぜん者しゃよ、まず自分じぶんの目めから梁はりを取とりのけるがよい。そうすれば、はっきり見みえるようになって、兄弟きょうだいの目めからちりを取とりのけることができるだろう。

マタイ15:7 偽善ぎぜん者しゃたちよ、イザヤがあなたがたについて、こういう適切てきせつな預言よげんをしている、

マタイ22:18 イエスは彼かれらの悪意あくいを知しって言いわれた、「偽善ぎぜん者しゃたちよ、なぜわたしをためそうとするのか。

マタイ23:13 偽善ぎぜんな律法りっぽう学がく者しゃ、パリサイ人にんたちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたは、天国てんごくを閉とざして人々ひとびとをはいらせない。自分じぶんもはいらないし、はいろうとする人ひとをはいらせもしない。〔

マタイ23:14 偽善ぎぜんな律法りっぽう学がく者しゃ、パリサイ人にんたちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたは、やもめたちの家いえを食くい倒たおし、見みえのために長ながい祈いのりをする。だから、もっときびしいさばきを受うけるに違ちがいない。〕

マタイ23:15 偽善ぎぜんな律法りっぽう学がく者しゃ、パリサイ人にんたちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたはひとりの改宗かいしゅう者しゃをつくるために、海うみと陸りくとを巡めぐり歩あるく。そして、つくったなら、彼かれを自分じぶんより倍ばいもひどい地獄じごくの子こにする。

マタイ23:23 偽善ぎぜんな律法りっぽう学がく者しゃ、パリサイ人にんたちよ。あなたがたは、わざわいである。はっか、いのんど、クミンなどの薬味やくみの十じゅう分ぶんの一いちを宮みやに納おさめておりながら、律法りっぽうの中なかでもっと重要じゅうような、公平こうへいとあわれみと忠実ちゅうじつとを見みのがしている。それもしなければならないが、これも見みのがしてはならない。

マタイ23:25 偽善ぎぜんな律法りっぽう学がく者しゃ、パリサイ人にんたちよ。あなたがたは、わざわいである。杯さかずきと皿さらとの外側そとがわはきよめるが、内側うちがわは貪欲どんよくと放縦ほうしょうとで満みちている。

マタイ23:27 偽善ぎぜんな律法りっぽう学がく者しゃ、パリサイ人にんたちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたは白しろく塗ぬった墓はかに似にている。外側そとがわは美うつくしく見みえるが、内側うちがわは死人しにんの骨ほねや、あらゆる不潔ふけつなものでいっぱいである。

マタイ23:28 このようにあなたがたも、外側そとがわは人ひとに正ただしく見みえるが、内側うちがわは偽善ぎぜんと不法ふほうとでいっぱいである。

マタイ23:29 偽善ぎぜんな律法りっぽう学がく者しゃ、パリサイ人にんたちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたは預言よげん者しゃの墓はかを建たて、義人ぎじんの碑いしぶみを飾かざり立たてて、こう言いっている、

マタイ24:51 彼かれを厳罰げんばつに処ししょし、偽善ぎぜん者しゃたちと同おなじ目めにあわせるであろう。彼かれはそこで泣なき叫さけんだり、歯はがみをしたりするであろう。

マルコによる福音書(2か所)

マルコ7:6 イエスは言いわれた、「イザヤは、あなたがた偽善ぎぜん者しゃについて、こう書かいているが、それは適切てきせつな預言よげんである、『この民みんは、口くちさきではわたしを敬ううやまうが、その心こころはわたしから遠とおく離はなれている。

マルコ12:15 イエスは彼かれらの偽善ぎぜんを見抜みぬいて言いわれた、「なぜわたしをためそうとするのか。デナリを持もってきて見みせなさい」。

ルカによる福音書(4か所)

ルカ6:42 自分じぶんの目めにある梁はりは見みないでいて、どうして兄弟きょうだいにむかって、兄弟きょうだいよ、あなたの目めにあるちりを取とらせてください、と言いえようか。偽善ぎぜん者しゃよ、まず自分じぶんの目めから梁はりを取とりのけるがよい、そうすれば、はっきり見みえるようになって、兄弟きょうだいの目めにあるちりを取とりのけることができるだろう。

ルカ12:1 その間あいだに、おびただしい群衆ぐんしゅうが、互たがいに踏ふみ合あうほどに群むらがってきたが、イエスはまず弟子でしたちに語かたりはじめられた、「パリサイ人にんのパン種しゅ、すなわち彼かれらの偽善ぎぜんに気きをつけなさい。

ルカ12:56 偽善ぎぜん者しゃよ、あなたがたは天地てんちの模様もようを見分みわけることを知しりながら、どうして今いまの時代じだいを見分みわけることができないのか。

ルカ13:15 主しゅはこれに答こたえて言いわれた、「偽善ぎぜん者しゃたちよ、あなたがたはだれでも、安息あんそく日ひであっても、自分じぶんの牛うしやろばを家畜かちく小屋こやから解といて、水みずを飲のませに引ひき出だしてやるではないか。

ガラテヤ人への手紙(1か所)

ガラテヤ2:13 そして、ほかのユダヤ人にんたちも彼かれと共ともに偽善ぎぜんの行為こういをし、バルナバまでがそのような偽善ぎぜんに引ひきずり込こまれた。

テモテへの第一の手紙(1か所)

テモテ第一4:2 それは、良心りょうしんに焼やき印いんをおされている偽いつわり者しゃの偽善ぎぜんのしわざである。

ペテロの第一の手紙(1か所)

ペテロ第一2:1 だから、あらゆる悪意あくい、あらゆる偽いつわり、偽善ぎぜん、そねみ、いっさいの悪口わるぐちを捨すてて、

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