「不義」(ふぎ)が出てくる聖書の箇所

「不義」(ふぎ)は日常訳第1版の8か所(旧約5・新約3)に出てきます。口語訳では160か所。

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民数記(1か所)

民数記23:21 神かみはヤコブに不義ふぎを見みいださず、イスラエルに苦くるしみを見みられない。主しゅである神かみが彼かれらと共ともにおられ、王おうを迎むかえる喜よろこびの叫さけびが彼かれらのうちにある。

ヨブ記(2か所)

ヨブ記16:11 神かみはわたしを不義ふぎな者ものに引ひき渡わたし、悪人あくにんの手てに投なげ入いれる。

ヨブ記31:3 不義ふぎな者ものには災わざわいが下くだるではないか。悪あくを行おこなう者ものには不幸ふこうが降ふりかかるではないか。

ホセア書(2か所)

ホセア書10:13 あなたがたは悪あくを耕たがやし、不義ふぎを刈かり取とり、偽いつわりの実みを食たべてきた。それは自分じぶんの力ちからを頼たよりにし、大勢おおぜいの兵士へいしを頼たよりにしたからだ。

ホセア書13:12 エフライムの不義ふぎは包つつみ込こまれ、その罪つみはしまい込こまれている。

ローマ人への手紙(2か所)

ローマ2:8 党派とうは心しんを持もち、真理しんりに従したがわず、不義ふぎに従したがう人ひとたちには、神かみの怒いかりと激はげしい憤いきどおりが下くだる。

ローマ3:5 もしわたしたちの不義ふぎが神かみの義ぎをきわ立だたせるとしたら、どう言いえばいいのだろう。怒いかりを下くだす神かみは不正ふせいだとでも言いうのか。(これは人間にんげんの理屈りくつで言いっているのだが。)

ヤコブの手紙(1か所)

ヤコブ3:6 舌したも火ひだ。舌したはわたしたちの体からだの一部いちぶでありながら、不義ふぎに満みちた一ひとつの世よとなっている。体たい全体ぜんたいを汚よごし、人生じんせいのすべてを焼やき尽つくす。そしてその火ひは地獄じごくから燃もえ移うつってくるのだ。

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