「ふさぐ」が出てくる聖書の箇所
「ふさぐ」は口語訳の30か所(旧約21・新約9)に出てきます。「ふさげる」「塞ぐ」も含みます。日常訳第1版では40か所。
創世記(3か所)
創世記2:21 そこで主なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨の一つを取って、その所を肉でふさがれた。
創世記26:15 またペリシテびとは彼の父アブラハムの時に、父のしもべたちが掘ったすべての井戸をふさぎ、土で埋めた。
創世記26:18 そしてイサクは父アブラハムの時に人々の掘った水の井戸を再び掘った。アブラハムの死後、ペリシテびとがふさいだからである。イサクは父がつけた名にしたがってそれらに名をつけた。
士師記(1か所)
士師記3:22 つるぎのつかも刃と共にはいったが、つるぎを腹から抜き出さなかったので、脂肪が刃をふさいだ。そして汚物が出た。
列王紀上(1か所)
列王紀上11:27 彼が手をあげて、王に敵した事情はこうである。ソロモンはミロを築き、父ダビデの町の破れ口をふさいでいた。
列王紀下(2か所)
列王紀下3:19 そしてあなたがたはすべての堅固な町と、すべての良い町を撃ち、すべての良い木を切り倒し、すべての水の井戸をふさぎ、石をもって地のすべての良い所を荒すであろう」。
列王紀下3:25 町々を滅ぼし、おのおの石を一つずつ、地のすべての良い所に投げて、これに満たし、水の井戸をことごとくふさぎ、良い木をことごとく切り倒して、ただキル・ハラセテはその名を残すのみとなったが、石を投げる者がこれを囲んで撃ち滅ぼした。
歴代志下(3か所)
歴代志下32:3 そのつかさたちおよび勇士たちと相談して、町の外にある泉の水を、ふさごうとした。彼らはこれを助けた。
歴代志下32:4 多くの民は集まって、すべての泉および国の中を流れる谷川をふさいで言った、「アッスリヤの王たちがきて、多くの水を得られるようなことをしておいていいだろうか」。
歴代志下32:30 このヒゼキヤはまたギホンの水の上の源をふさいで、これをダビデの町の西の方にまっすぐに引き下した。このようにヒゼキヤはそのすべてのわざをなし遂げた。
ヨブ記(1か所)
ヨブ記28:11 彼は水路をふさいで、漏れないようにし、隠れた物を光に取り出す。
詩篇(2か所)
詩篇58:4-5 彼らはへびの毒のような毒をもち、魔法使または巧みに呪文を唱える者の声を聞かない耳をふさぐ耳しいのまむしのようである。
詩篇63:11 しかし王は神にあって喜び、神によって誓う者はみな誇ることができる。偽りを言う者の口はふさがれるからである。
箴言(1か所)
箴言15:13 心に楽しみがあれば顔色も喜ばしい、心に憂いがあれば気はふさぐ。
イザヤ書(2か所)
イザヤ書33:15 正しく歩む者、正直に語る者、しえたげて得た利をいやしめる者、手を振って、まいないを取らない者、耳をふさいで血を流す謀略を聞かない者、目を閉じて悪を見ない者、
イザヤ書44:18 これらの人は知ることがなく、また悟ることがない。その目はふさがれて見ることができず、その心は鈍くなって悟ることができない。
哀歌(2か所)
哀歌3:9 切り石をもって、わたしの行く道をふさぎ、わたしの道筋を曲げられた。
哀歌3:56 あなたはわが声を聞かれました、『わが嘆きと叫びに耳をふさがないでください』。
ダニエル書(1か所)
ダニエル書6:17 そして一つの石を持ってきて、穴の口をふさいだので、王は自分の印と、大臣らの印をもって、これに封印した。これはダニエルの処置を変えることのないようにするためであった。
ホセア書(1か所)
ホセア書2:6 それゆえ、わたしはいばらで彼女の道をふさぎ、かきをたてて、彼女にはその道がわからないようにする。
ゼカリヤ書(1か所)
ゼカリヤ書14:5 わが山の谷はふさがれる。裂けた山の谷が、そのかたわらに接触するからである。そして、あなたがたはユダの王ウジヤの世に、地震を避けて逃げたように逃げる。こうして、あなたがたの神、主はこられる、もろもろの聖者と共にこられる。
マタイによる福音書(2か所)
マタイ13:7 ほかの種はいばらの地に落ちた。すると、いばらが伸びて、ふさいでしまった。
マタイ13:22 また、いばらの中にまかれたものとは、御言を聞くが、世の心づかいと富の惑わしとが御言をふさぐので、実を結ばなくなる人のことである。
マルコによる福音書(2か所)
マルコ4:7 ほかの種はいばらの中に落ちた。すると、いばらが伸びて、ふさいでしまったので、実を結ばなかった。
マルコ4:19 世の心づかいと、富の惑わしと、その他いろいろな欲とがはいってきて、御言をふさぐので、実を結ばなくなる。
ルカによる福音書(3か所)
ルカ8:7 ほかの種は、いばらの間に落ちたので、いばらも一緒に茂ってきて、それをふさいでしまった。
ルカ8:14 いばらの中に落ちたのは、聞いてから日を過ごすうちに、生活の心づかいや富や快楽にふさがれて、実の熟するまでにならない人たちのことである。
ルカ13:7 そこで園丁に言った、『わたしは三年間も実を求めて、このいちじくの木のところにきたのだが、いまだに見あたらない。その木を切り倒してしまえ。なんのために、土地をむだにふさがせて置くのか』。
ローマ人への手紙(1か所)
ローマ3:19 さて、わたしたちが知っているように、すべて律法の言うところは、律法のもとにある者たちに対して語られている。それは、すべての口がふさがれ、全世界が神のさばきに服するためである。
ヘブル人への手紙(1か所)
ヘブル11:33 彼らは信仰によって、国々を征服し、義を行い、約束のものを受け、ししの口をふさぎ、