「ことわざ」が出てくる聖書の箇所

「ことわざ」は口語訳の20か所(旧約17・新約3)に出てきます。「諺」も含みます。日常訳第1版では13か所。

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創世記(1か所)

創世記10:9 彼かれは主しゅの前まえに力ちからある狩猟しゅりょう者しゃであった。これから「主しゅの前まえに力ちからある狩猟しゅりょう者しゃニムロデのごとし」ということわざが起おこった。

申命記(1か所)

申命記28:37 あなたは主しゅがあなたを追おいやられるもろもろの民たみのなかで驚おどろきとなり、ことわざとなり、笑わらい草ぐさとなるであろう。

サムエル記上(2か所)

サムエル第一10:12 その所ところのひとりの者ものが答こたえた、「彼かれらの父ちちはだれなのか」。それで「サウルもまた預言よげん者しゃたちのうちにいるのか」というのが、ことわざとなった。

サムエル第一24:13 昔むかしから、ことわざに言いっているように、『悪あくは悪人あくにんから出でる』。しかし、わたしはあなたに手てをくだすことをしないでしょう。

列王紀上(1か所)

列王紀上9:7 わたしはイスラエルを、わたしが与あたえた地ちのおもてから断たつであろう。またわたしの名なのために聖別せいべつした宮みやをわたしの前まえから投なげすてるであろう。そしてイスラエルはもろもろの民たみのうちにことわざとなり、笑わらい草ぐさとなるであろう。

歴代志下(1か所)

歴代志下7:20 わたしはあなたがたをわたしの与あたえた地ちから抜ぬき去さり、またわたしの名なのために聖別せいべつしたこの宮みやをわたしの前まえから投なげ捨すてて、もろもろの民たみのうちにことわざとし、笑わらい草ぐさとする。

ヨブ記(1か所)

ヨブ記13:12 あなたがたの格言かくげんは灰はいのことわざだ。あなたがたの盾たては土つちの盾たてだ。

詩篇(1か所)

詩篇69:11 わたしが荒布あらめを衣ころもとすれば、かえって彼かれらのことわざとなりました。

エレミヤ書(1か所)

エレミヤ書24:9 わたしは彼かれらを地ちのもろもろの国くにで、忌いみきらわれるものとし、またわたしの追おいやるすべての所ところで、はずかしめに会あわせ、ことわざとなり、あざけりと、のろいに会あわせる。

エゼキエル書(7か所)

エゼキエル書12:22 「人ひとの子こよ、イスラエルの地ちについて、あなたがたが『日ひは延のび、すべての幻まぼろしはむなしくなった』という、このことわざはなんであるか。

エゼキエル書12:23 それゆえ、彼かれらに言いえ、『主しゅなる神かみはこう言いわれる、わたしはこのことわざをやめさせ、彼かれらが再ふたたびイスラエルで、これをことわざとしないようにする』と。しかし、あなたは彼かれらに言いえ、『日ひとすべての幻まぼろしの実現じつげんとは近ちかづいた』と。

エゼキエル書14:8 わたしはわたしの顔かおを、その人ひとに向むけ、彼かれを、しるし、およびことわざとなし、これをわが民たみのうちから断たち滅ほろぼす。その時とき、あなたがたはわたしが主しゅであることを知しるようになる。

エゼキエル書16:44 見みよ、すべてことわざを用もちいる者ものは、あなたについて、『この母ははにしてこの娘むすめあり』という、ことわざを用もちいる。

エゼキエル書16:56 あなたの高たかぶりの日ひに、あなたの姉妹しまいソドムは、あなたの口くちに、ことわざとなったではなかったか。

エゼキエル書18:2 「あなたがたがイスラエルの地ちについて、このことわざを用もちい、『父ちちたちが、酢すいぶどうを食たべたので子供こどもたちの歯はがうく』というのはどんなわけか。

エゼキエル書18:3 主しゅなる神かみは言いわれる、わたしは生いきている、あなたがたは再ふたたびイスラエルでこのことわざを用もちいることはない。

ハバクク書(1か所)

ハバクク書2:6 これらは皆みなことわざをもって彼かれをあざけり、あざけりのなぞをもって彼かれをあざ笑わあざわらわないだろうか。すなわち言いう、「わざわいなるかな、おのれに属ぞくさないものを増まし加くわえる者ものよ。いつまでこのようであろうか。質物しちもつでおのれを重おもくする者ものよ」。

ルカによる福音書(1か所)

ルカ4:23 そこで彼かれらに言いわれた、「あなたがたは、きっと『医者いしゃよ、自分じぶん自身じしんをいやせ』ということわざを引ひいて、カペナウムで行おこなわれたと聞きいていた事ことを、あなたの郷里きょうりのこの地ちでもしてくれ、と言ゆうであろう」。

ヨハネによる福音書(1か所)

ヨハネ4:37 そこで、『ひとりがまき、ひとりが刈かる』ということわざが、ほんとうのこととなる。

ペテロの第二の手紙(1か所)

ペテロ第二2:22 ことわざに、「犬いぬは自分じぶんの吐はいた物ものに帰かえり、豚ぶたは洗あらわれても、また、どろの中なかにころがって行いく」とあるが、彼かれらの身みに起おこったことは、そのとおりである。

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