「かなう」が出てくる聖書の箇所
「かなう」は口語訳の26か所(旧約16・新約10)に出てきます。「叶う」も含みます。日常訳第1版では19か所。
創世記(3か所)
創世記30:27 ラバンは彼に言った、「もし、あなたの心にかなうなら、とどまってください。わたしは主があなたのゆえに、わたしを恵まれるしるしを見ました」。
創世記34:18 彼らの言葉がハモルとハモルの子シケムとの心にかなったので、
創世記41:37 この事はパロとそのすべての家来たちの目にかなった。
士師記(1か所)
士師記14:7 サムソンは下って行って女と話し合ったが、女はサムソンの心にかなった。
サムエル記上(1か所)
サムエル第一18:5 ダビデはどこでもサウルがつかわす所に出て行って、てがらを立てたので、サウルは彼を兵の隊長とした。それはすべての民の心にかない、またサウルの家来たちの心にもかなった。
サムエル記下(2か所)
サムエル第二17:4 この言葉はアブサロムとイスラエルのすべての長老の心にかなった。
サムエル第二19:6 それはあなたが自分を憎む者を愛し、自分を愛する者を憎まれるからです。あなたは、きょう、軍の長たちをも、しもべたちをも顧みないことを示されました。きょう、わたしは知りました。もし、アブサロムが生きていて、われわれが皆きょう死んでいたら、あなたの目にかなったでしょう。
列王紀上(3か所)
列王紀上3:10 ソロモンはこの事を求めたので、そのことが主のみこころにかなった。
列王紀上11:19 ハダデは大いにパロの心にかなったので、パロは自分の妻の妹すなわち王妃タペネスの妹を妻として彼に与えた。
列王紀上14:8 国をダビデの家から裂き離して、それをあなたに与えたのに、あなたはわたしのしもべダビデが、わたしの命令を守って一心にわたしに従い、ただわたしの目にかなった事のみを行ったようにではなく、
エステル記(2か所)
エステル記2:9 このおとめはヘガイの心にかなって、そのいつくしみを得た。すなわちヘガイはすみやかに彼女に化粧の品々および食物の分け前を与え、また宮中から七人のすぐれた侍女を選んで彼女に付き添わせ、彼女とその侍女たちを婦人の居室のうちの最も良い所に移した。
エステル記8:5 そして言った、「もし王がよしとされ、わたしが王の前に恵みを得、またこの事が王の前に正しいと見え、かつわたしが王の目にかなうならば、アガグびとハンメダタの子ハマンが王の諸州にいるユダヤ人を滅ぼそうとはかって書き送った書を取り消す旨を書かせてください。
詩篇(1か所)
詩篇119:121 わたしは正しく義にかなったことを行いました。わたしを捨てて、しえたげる者にゆだねないでください。
箴言(2か所)
箴言15:23 人は口から出る好ましい答によって喜びを得る、時にかなった言葉は、いかにも良いものだ。
箴言25:11 おりにかなって語る言葉は、銀の彫り物に金のりんごをはめたようだ。
伝道の書(1か所)
伝道の書3:11 神のなされることは皆その時にかなって美しい。神はまた人の心に永遠を思う思いを授けられた。それでもなお、人は神のなされるわざを初めから終りまで見きわめることはできない。
マタイによる福音書(1か所)
マタイ11:26 父よ、これはまことにみこころにかなった事でした。
マルコによる福音書(1か所)
マルコ3:13 さてイエスは山に登り、みこころにかなった者たちを呼び寄せられたので、彼らはみもとにきた。
ルカによる福音書(1か所)
ルカ10:21 そのとき、イエスは聖霊によって喜びあふれて言われた、「天地の主なる父よ。あなたをほめたたえます。これらの事を知恵のある者や賢い者に隠して、幼な子にあらわしてくださいました。父よ、これはまことに、みこころにかなった事でした。
使徒行伝(2か所)
使徒12:3 そして、それがユダヤ人たちの意にかなったのを見て、さらにペテロをも捕えにかかった。それは除酵祭の時のことであった。
使徒13:22 それから神はサウロを退け、ダビデを立てて王とされたが、彼についてあかしをして、『わたしはエッサイの子ダビデを見つけた。彼はわたしの心にかなった人で、わたしの思うところを、ことごとく実行してくれるであろう』と言われた。
ローマ人への手紙(1か所)
ローマ1:9-10 わたしは、祈のたびごとに、絶えずあなたがたを覚え、いつかは御旨にかなって道が開かれ、どうにかして、あなたがたの所に行けるようにと願っている。このことについて、わたしのためにあかしをして下さるのは、わたしが霊により、御子の福音を宣べ伝えて仕えている神である。
コリント人への第一の手紙(1か所)
コリント第一1:21 この世は、自分の知恵によって神を認めるに至らなかった。それは、神の知恵にかなっている。そこで神は、宣教の愚かさによって、信じる者を救うこととされたのである。
コロサイ人への手紙(1か所)
コロサイ1:10 主のみこころにかなった生活をして真に主を喜ばせ、あらゆる良いわざを行って実を結び、神を知る知識をいよいよ増し加えるに至ることである。
テサロニケ人への第一の手紙(1か所)
テサロニケ第一2:12 御国とその栄光とに召して下さった神のみこころにかなって歩くようにと、勧め、励まし、また、さとしたのである。
テトスへの手紙(1か所)
テトス1:9 教にかなった信頼すべき言葉を守る人でなければならない。それは、彼が健全な教によって人をさとし、また、反対者の誤りを指摘することができるためである。