「うかがう」が出てくる聖書の箇所
「うかがう」は日常訳第1版の7か所(旧約4・新約3)に出てきます。「窺う」も含みます。口語訳では18か所。
サムエル記上(1か所)
サムエル第一13:12 それでわたしは思ったのです。『このままではペリシテ人がギルガルにいるわたしのところへ攻め下ってくる。それなのに、まだ主のごきげんをうかがっていない』と。だから、思い切って焼き尽くすいけにえをささげたのです。」
ヨブ記(1か所)
ヨブ記13:8 あなたがたは神の顔色をうかがおうとするのか。神のために弁護しようとするのか。
詩篇(1か所)
詩篇56:6 彼らは寄り集まっては身を潜め、わたしの足取りをうかがう。わたしの魂をねらって、待ち構えているのだ。
ホセア書(1か所)
ホセア書13:7 わたしは彼らにとって、ししのような存在になる。ひょうのように道ばたで、彼らをうかがう。
マタイによる福音書(2か所)
マタイ22:16 そして、彼らは自分の弟子をヘロデ党の者たちといっしょにイエスのところに送り、こう言わせた。「先生、わたしたちは知っています。あなたは真実な方で、神の道を真理に基づいて教えておられます。だれの顔色もうかがわず、人を分け隔てなさいません。
マタイ26:16 その時から、ユダはイエスを引きわたす機会をうかがっていた。
マルコによる福音書(1か所)
マルコ12:14 彼らは来て言った。「先生、あなたは真実な方で、だれにも遠慮しないと、わたしたちは知っています。人の顔色をうかがわず、ありのままに神の道を教えておられるからです。ところで、ローマ皇帝に税金を納めることは許されているでしょうか、いないでしょうか。納めるべきですか、納めなくてよいですか。」