「うかがう」が出てくる聖書の箇所
「うかがう」は口語訳の18か所(旧約14・新約4)に出てきます。「窺う」も含みます。日常訳第1版では7か所。
士師記(3か所)
士師記9:34 アビメレクと、彼と共にいたすべての民は夜のうちに起き出て、四組に分れ、身を伏せてシケムをうかがった。
士師記9:43 アビメレクは自分の民を率い、それを三組に分け、野に身を伏せて、うかがっていると、民が町から出てきたので、たちあがってこれを撃った。
士師記14:4 父母はこの事が主から出たものであることを知らなかった。サムソンはペリシテびとを攻めようと、おりをうかがっていたからである。そのころペリシテびとはイスラエルを治めていた。
サムエル記上(1か所)
サムエル第一18:9 サウルは、この日からのちダビデをうかがった。
列王紀下(1か所)
列王紀下7:13 家来のひとりが答えて言った、「人々に、ここに残っている馬のうち五頭を連れてこさせてください。ここに残っているこれらの人々は、すでに滅びうせたイスラエルの全群衆と同じ運命にあうのですから。わたしたちは人をやってうかがわせましょう」。
ヨブ記(1か所)
ヨブ記39:29 そこから獲物をうかがう。その目の及ぶところは遠い。
箴言(3か所)
箴言7:12 ある時はちまたにあり、ある時は市場にあり、すみずみに立って人をうかがう。
箴言12:6 悪しき者の言葉は、人の血を流そうとうかがう、正しい人の口は人を救う。
箴言24:15 悪しき者がするように、正しい者の家をうかがってはならない、その住む所に乱暴をしてはならない。
伝道の書(1か所)
伝道の書5:8 あなたは国のうちに貧しい者をしえたげ、公道と正義を曲げることのあるのを見ても、その事を怪しんではならない。それは位の高い人よりも、さらに高い者があって、その人をうかがうからである。そしてそれらよりもなお高い者がある。
雅歌(1か所)
雅歌2:9 わが愛する者はかもしかのごとく、若い雄じかのようです。見よ、彼はわたしたちの壁のうしろに立ち、窓からのぞき、格子からうかがっている。
エレミヤ書(1か所)
エレミヤ書20:10 多くの人のささやくのを聞くからです。恐れが四方にあります。「告発せよ。さあ、彼を告発しよう」と言って、わが親しい友は皆わたしのつまずくのを、うかがっています。また、「彼は欺かれるだろう。そのとき、われわれは彼に勝って、あだを返すことができる」と言います。
ホセア書(1か所)
ホセア書13:7 それゆえ、わたしは彼らに向かって、ししのようになり、ひょうのように道のかたわらに潜んでうかがう。
ナホム書(1か所)
ナホム書2:1 撃ち破る者があなたに向かって上って来る。城を守れ、道をうかがえ。腰に帯せよ、大いに力を強くせよ。
マルコによる福音書(1か所)
マルコ3:2 人々はイエスを訴えようと思って、安息日にその人をいやされるかどうかをうかがっていた。
ルカによる福音書(2か所)
ルカ6:7 律法学者やパリサイ人たちは、イエスを訴える口実を見付けようと思って、安息日にいやされるかどうかをうかがっていた。
ルカ14:1 ある安息日のこと、食事をするために、あるパリサイ派のかしらの家にはいって行かれたが、人々はイエスの様子をうかがっていた。
使徒行伝(1か所)
使徒28:6 彼らは、彼が間もなくはれ上がるか、あるいは、たちまち倒れて死ぬだろうと、様子をうかがっていた。しかし、長い間うかがっていても、彼の身になんの変ったことも起らないのを見て、彼らは考えを変えて、「この人は神様だ」と言い出した。