迷える子羊

聖書では、百匹のうちの「いなくなった一匹」の羊として語られています。

進む道が分からず、迷い悩んでいる人。

30秒でわかる

  • どう生きればよいか分からず、迷っている人のたとえ。
  • ルカによる福音書15章とマタイによる福音書18章の、迷い出た一匹の羊のたとえが由来。
  • もとは、神は道を外れた一人をどこまでも捜し、見つけたら大いに喜ばれる、という教え。

由来となった聖書の言葉

あなたがたのうちに、百ひゃく匹ひきの羊ひつじを持もっている者ものがいたとする。その一いち匹ひきがいなくなったら、九十きゅうじゅう九きゅう匹ひきを野原のはらに残のこしておいて、いなくなった一いち匹ひきを見みつけるまでは捜さがし歩あるかないであろうか。そして見みつけたら、喜よろこんでそれを自分じぶんの肩かたに乗のせ、家いえに帰かえってきて友人ゆうじんや隣となり人びとを呼よび集あつめ、『わたしと一緒いっしょに喜よろこんでください。いなくなった羊ひつじを見みつけましたから』と言ゆうであろう。
ルカ15:4-6
あなたがたはどう思おもうか。ある人ひとに百ひゃく匹ひきの羊ひつじがあり、その中なかの一いち匹ひきが迷まよい出でたとすれば、九十きゅうじゅう九きゅう匹ひきを山やまに残のこしておいて、その迷まよい出でている羊ひつじを捜さがしに出でかけないであろうか。もしそれを見みつけたなら、よく聞きききなさい、迷まよわないでいる九十きゅうじゅう九きゅう匹ひきのためよりも、むしろその一いち匹ひきのために喜よろこぶであろう。
マタイ18:12-13

もともとの意味

イエスは、百匹の羊を持つ人が、そのうちの一匹がいなくなると、九十九匹を残して見つけるまで捜し歩くと語った。見つけたら喜んでその羊を肩に乗せて帰り、友人を呼び集めて共に喜ぶ。同じように、悔い改める一人の罪人のために、天には大きな喜びがある、と教えている。

今の使い方

今では、進む道が分からず迷っている人、特に若い人を指して使われることが多い。

  • 例:進路に悩む私は、まるで迷える子羊だった。

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